向田邦子ってどんな作家?

向田邦子について、おそらく初めて耳にするという方もおられるかと思うので、簡単に紹介したいと思う。

向田邦子は1929年11月28日、東京府荏原世田谷町(現在の東京都世田谷区)生まれ。実践女子大専門学校を卒業後、映画雑誌の編集をする傍らテレビドラマの脚本を執筆。彼女が書いたテレビドラマの脚本は1000本以上、代表作には『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』などがある。のちにエッセー『父の詫び状』で作家デビュー、80年には『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で直木賞を受賞。そして81年8月22日に台湾で飛行機事故のため亡くなっている。

『向田邦子の青春―写真とエッセイで綴る姉の素顔』(文春文庫)

生年月日からも分かるように、彼女は台湾でいうと日本語教育を受けたおじいさん、おばあさん世代の人であって、現代社会で活躍する人気作家ではない。かといって夏目漱石や芥川龍之介のように作品が教科書に載るような文豪かといえば、そうでもない。にもかかわらず、没後40年近くにわたって多くの人から慕われるという類いまれなる作家だ。

彼女の作品の特徴としてよくいわれるのが「昭和」という時代を見事に描いているということだ。

「昭和」というのは26年から89年までの64年間(89年は平成元年と同年)だが、このうち50年代から60年代を背景にした彼女の作品は秀逸だと思う。このころの日本はちょうど戦後の復興から高度経済成長期に向かう激動の時代。そんな中で、今よりずっと強かった家族の絆というものを生き生きと描いている。だから、平成に生きる日本人にとっては、向田作品に触れることは失われた大切なものを思い出すとともに、懐かしい良き時代に浸る機会でもあるのだ。

こうした家族色の強い作品には、エッセーなら『父の詫び状』『無名仮名人名簿』、小説なら『春が来た(『隣りの女』所収)』『犬小屋(『思い出トランプ』所収)』などがある。

日本の文芸作品というのは古くから今日に至るまで、勧善懲悪や義理人情といったウエット(wet)なエッセンスの混じるものが好まれるように思う。その方が日本人にとって、読んでいてなじむというか、落ち着くのかもしれない。この点では、家族の絆を描くのが得意な向田作品は十分すぎるほどその条件を満たしている。

ただ、向田邦子がすごいのは、こうしたベースを持ちながらも、同時にドライ(dry)な感性も備えていることだ。それは鋭い観察力に裏付けられたもので、これによって彼女は物事の本質をバサっと一刀両断。読む者に心地よい余韻を与えてくれる。

ぼくが一番好きな彼女の小説。おきゃんな人妻厚子の内に潜む残忍さを描いた『かわうそ(『思い出トランプ』所収)』もそんな作品だ。