台湾での向田邦子
今年も8月22日が過ぎていった。
ぼくは数年前から8月になると、新聞や雑誌で向田邦子に関する記事を書いてきた。また、彼女の作品を取り上げた読書会も何度か行っている。それは、こうした機会を通して、多くの人たちに向田さんのことを知ってもらい、彼女の作品に触れてもらいたいと思うからだ。
ところで、これら一連の活動を行う中で、実はぼくが思っていた以上に台湾には向田作品のファンがいることが分かった。例えば新聞で記事を書くと、読者からメールが来ることが多い。彼らはみんな向田作品のファンで、中には事故現場まで足を運んだ人もいた。
現在、台湾でも数冊の向田作品が出版されている。『父の詫び状』、『眠る盃』、『思い出トランプ』、『霊長類人科動物図鑑』『隣りの女』『あ・うん』のほか、『阿修羅のごとく』などテレビドラマの原作版もある。こうした作品が40年近い時間を経て、台湾で出版され、しかも確実にファンを増やしていることは向田作品の一ファンとしてもうれしい限りだ。
さて、ここで一つ不思議に思うことがある。
前述のように、向田作品は「昭和」のエッセンスが色濃く含まれているが、当時の日本、当時の日本人の家族について、どうして台湾の人たちは知っているのだろうということだ。
登場人物の頑固なお父さん、その陰で支えるお母さん、不満気にお父さんの言い付けをちゃんと守る子供たち、ずるずると不倫にはまる若い女性・・・。
不倫の女性を除いて、今ではほとんど見かけなくなってしまったキャラクターばかりだ。にもかかわらず、どうして台湾人はこれらが実感できるのだろうか。
そこで、知り合いを何人か集めて読書会を開き、質問してみた。すると、意外なことに気付いた。
若い世代は別にして、四十代以上では多くの人が「昭和」と共通する感覚を持ち合わせていたのだ。「お父さんは怖かった」とか、「家族がみんな一つの部屋で寝てた」とか、当時の日本と同じような体験があるというのだ。それに作品の中に登場する小物。給食に出て来る牛乳瓶とかブリキのバケツとか、こういうものは実際に使ったことがある人も少なくなかった。さすがにこれは知らないだろうと思って「縁側」を聞いてみると、「あそこに座ってスイカを食べるんだよね。庭に向かってタネをぺっと吐いたりしながら」。
どうしてそんなことを知ってるんだ。あり得ない・・・。
彼らが「縁側」を知ってたのは『クレヨンしんちゃん』とか『ちびまる子ちゃん』とか、アニメの中で見たことがあるからだった(台湾の人たちに疑似体験をさせてしまうとは、日本のアニメ恐るべし・・・)。
向田作品をさらに深く理解してもらおうと、今年ぼくは少人数制の文学講座を開くことにした。
小説やエッセーの社会的背景や原作と翻訳作品の間に生じる「誤差」のようなものを(翻訳が難しい言葉もあるため)紹介ながら、一緒に向田作品を楽しめたらいいなあと思っている。
バナー写真=台北市郊外「第二殯儀館」で行われた作家・向田邦子さんの葬儀、台湾・台北、1981年8月27日(時事)
