「女性」、「親日」という属性の強調

台湾版になく、日本語版にあるのは蔡氏の「女性」という属性の強調である。その他の蔡英文本も併せて見ていくと「親日」というキーワードも属性としてあるだろう。2冊の出版に当たり、より多くの読者に興味を持ってもらうため日本版のタイトルは、台湾版のものから大幅な変更を余儀なくされた。

「台湾初の女性総統」というキーワードを大々的にアピールしなければならないことに筆者は正直、苦々しい思いでいた。それは、日本がジェンダーにおける発展途上国であることを如実に表していたからだ。台湾で今や当たり前の存在である女性の政治家は、日本ではいまだ「色物」で「お飾り」的なイメージが強い。女性の社会進出、政治参加という点において、日本は台湾に遠く及ばない。だからこそ「女性の総統」というキーワード属性を強調することは、日本の読者に蔡英文本を見てもらう上で必要不可欠だった。

「親日」というカテゴリーに関して、2冊では強調されていない。どちらの本文中でも、アメリカとのエピソードが目立ち、日台関係はおおよそ語られず、そこに不満を持つ読者も多かった。日本の読者は今後の日台関係に関する蔡氏のビジョンを知りたくて購入していたからだ。

台湾の歴史を少しでもかじったことがある日本人は、一部メディアで量産され続ける台湾人が日本統治時代を(韓国に比べ)肯定的に捉えるストーリーを数多く見聞きしているし、国民党=反日、民進党=親日という、ぼんやりとしたイメージを持っている。つまり、今回、民進党が政権をとったから親日、蔡氏も民進党だから当然親日という認識だが、本を読んで「蔡英文は日本のことをそこまで重要視していないのではないか?」と疑問を持った鋭い読者がいた。しかし、蔡氏が日本と台湾はお互いに今以上の強固なパートナーシップを実現したいと考えていることは間違いない。だとすれば、日本人は台湾と親日を条件反射的にペアにし、そこを頼りに日台関係を語り、安心してしまうことをやめ、台湾を改めて見つめ直す必要があるのかもしれない。

蔡英文本をめぐる日本人読者の感想に触れて、最初に頭に浮かんだのは「隣の芝生は青い」ということわざだった。今の日本にとって、蔡氏のような政治家を産んだ台湾の芝生はとても青いのだ。よく、台湾と日本は合わせ鏡のようだと形容されるが、実際に日本も台湾も相手の国の事情を通して自らが住む社会における問題への解決策を見いだそうとしている。蔡英文本は日本の読者、政治にとって、今何が必要なのかを気付かせるものだったに違いない。

バナー写真=撮影:野嶋 剛