鄭氏との交流の全てが自分の宝物
台湾文学を日本に紹介するということで、ウェブサイトの会社から原稿を頼まれたことがある。
ぼくは迷わず鄭清文の作品を選んだ。ただ、「三腳馬」などすでに日本で翻訳出版されているような代表作ではなく、新作を紹介したかった。そこで「青椒苗(2012年麥田出版)」の中から「大和撫子」を取り上げた。
日本統治時代から終戦、戦後と激動する時代を舞台に、そこに生きた一人の台湾人女性の生涯を別の男性の視点で描いた物語で、読み終えた後に残るものは時代に翻弄(ほんろう)された男女の姿。さらに時代の大きなうねりの中では人はどうすることもできず、夢も愛情もすべて歴史の中に葬り去られてしまうというはかなさだ。このほか日本統治時代の社会の様子がスナップ写真を見るように鮮やかに想像できるのも、この作品の大きな特徴だ。
そういえば、鄭清文からは日本統治時代の話もよく聞いた。台湾人がいて、日本人もいて、そこで毎日繰り返される生活模様。鄭清文は1932年生まれだから、終戦時は13歳である。そのときの彼が見た当時の話を聞いていると、自分がまるで本当にその場にいるかのような錯覚に陥った。そして、その中にはぼくがその後、小説『アリガト謝謝』を書くに当たって、参考になるものも少なくなかった。
2012年5月6日。鄭清文は自由副刊(自由時報の文芸欄)に「蟲與鳥」という小説を発表した。そして、その下の小さなスペースには「隨筆台灣日子~阿塔嘛控古力」、ぼくの文章が載っていた。鄭清文との共演。すごくうれしくて、それは今でも大事にしまってある。
(全文敬称略)
鄭清文 ZHENG Qingwen
1932年台湾生まれ。台湾大学を卒業後、銀行に40年間勤務。1958年、聯合報に発表した「寂寞的心」でデビュー以来多くの小説や童話を執筆、数々の文学書を受賞している。代表作は「簸箕谷」、「玉蘭花」「三腳馬」、「春雨」、「採桃記」など。バナー写真提供:木下 諄一

