山口県では数十年、フグ中毒患者を出していない

ではフグ毒にあたった場合、砂浜に体を埋めれば本当に解毒できるのだろうか?

下関市で、フグ料理レストラン「ふくの関」を営む上野健一郎社長に話を聞くと、「全くの迷信です!」と笑いながら切り捨てられた。「ふくの関」は、フグの仲卸の老舗「畑水産」を前身とし、現在は加工会社「株式会社ダイフク」を母体とする、上野社長はいわばフグの専門家である。

ふぐせりの様子(提供:下関市)

山口県では数十年もの間、中毒は出していない。今は山口の他、福岡、大分、東京、大阪などの自治体で、フグを加工するための専門の調理師免許の取得を義務付けられ、資格を持った人に、フグ料理の提供が認められている。上野社長は言う。「山口県の基準はかなり厳しい。ふくを扱う上での安全性に、高いプライドを持っちょるんです」山口県ではフグのことを濁らずに「ふく」と呼ぶ。「福」とかけて縁起をかつぐのだ。

全国で捕れた天然フグと長崎県を中心に養殖されているトラフグなどの8割が、下関に集められている理由は、加工会社が集中しているためだ。加工会社で毒の部分を取り除かれたフグは、無毒の状態で全国へ出荷される。

そんなわけで、映画「トラック野郎」で描かれたシーンのように、レストランや料理屋で出されたフグにあたることは、当時も今もほぼないといって間違いないそうで、今の日本で起こっている中毒事故のほとんどは素人の調理によるものだという。

8代目・坂東三津五郎の中毒死については、また別の事情がある。猛毒のはずの「トラフグの肝」が好物というのを不可解に感じる現代人は多いだろう。実は、当時の食通の間では、肝をわさび代わりにしょうゆに溶いてフグ刺しを食べ、毒の成分で舌がピリピリとしびれてくるのを楽しみながら酒を飲むのが、ひそかに好まれていた。痺れと酔いでもうろうとしながら肝の皿を重ねるうち、許容量を超え、ついには死に至る……このような料理屋は、今はもはや存在しないだろう。