毒がなければ「珍味の王」にならなかったかもしれないフグ

中国では、2300年前の秦(しん)の頃に記された『山海経』に「フグを食べると死ぬ」という記述があるらしい。その一方、宋(そう)の詩人・蘇東坡もフグのおいしさについての詩をいくつも残しており、中国でもあえてフグを食べてきた歴史があったことが分かる。その後、中国は1990年から法律でフグ食やフグの流通を禁止したが、20年以上輸出を続けてきた実績の高い国内の養殖・加工会社のフグについては2016年に限定的にフグ食を解禁、フグ食への興味は再び高まりつつある。

香港の状況はどうだろう。香港の音楽プロデューサーで美食家としても知られる于逸堯氏に聞いてみると、現在の香港でフグを提供している料理屋は聞いたことがないという。しかし70年以上前は一部の香港人もフグを食べていた。というのも、于逸堯氏の曾祖母(そうそぼ)もフグを食べ中毒を起こしたと伝え聞いているからだ。また台湾の場合、現在フグを食べることができるのは、日本でフグの調理免許を取って帰ってきた料理人による日本料理店が主のようだ。

日本では、縄文時代からふぐを食べていた形跡が日本各地で古代人類のごみ捨て場である貝塚から見つかっているが、豊臣秀吉のときから近代まで綿々と「河豚(ふぐ)食用禁止令」が続いた。どうして禁止されたのか?それは死の危険を冒しても食べる人が後を絶たなかったからだ。

フグ(提供:下関市)

それほどまでに、古代から人間は危険なフグ食に魅了され続けてきた。死と隣り合わせの快楽というのは、それ程までに甘美なのだろうか?底知れない人間の欲望を感じ、何だかぞっとする。しかし、フグに毒がなければ「珍味の王」として君臨することはなかったかもしれない。

今や一主婦が、山口県からトラフグをインターネットで取り寄せ、家庭でその美味を堪能することができる時代となった。何千年もの時をかけ、日本人はその知恵と技術で毒を持つフグを征服したともいえる。養殖の技術も大きく進歩し、「無毒トラフグ」も登場している。また冬の味覚というイメージが強いフグだが、高品質の養殖トラフグが一年を通して味わえるようになっていることは、まだまだ知られていない。

おいしく安全なフグの刺し身。ひんやりと甘くコリコリとしたそれを舌にのせるとき、背負う過去の大きな犠牲を思えば、味わいはまた格別となるかもしれない。

バナー写真=フグ料理(提供:下関市)

(*1) ^ http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_01.html

(*2) ^ http://www.coa.gov.tw/upload/files/question/105/FDA.pdf