台湾社会の現実を描く

2017年に出された「同性婚を認めないのは違憲」とする台湾の大法官の憲法解釈は、国連に加盟できずとも台湾が「立憲民主」に支えられた先進的な独立国家であるという印象を強烈に国際社会にアピールした。しかしそれ以前より、LGBTQをテーマとした映画は、台湾で数多く製作されてきた。

LGBTQを題材にした台湾映画がなぜ多いのか。それは1960年代にアメリカのフェミニズム運動の中で生まれた、個人の問題を拡大すればそのまま社会の問題へつながる「Personal is Political」(個人的なことは政治的なこと)という言葉と無関係ではないだろう。人の営みの中で最もパーソナルな事柄である性、とりわけセクシュアルマイノリティー(性的少数者)の悩みやアイデンティティーを通して台湾社会の現実やひずみを描きだそうとしたのが、台湾のLGBTQ映画であるといえそうだ。

日本では、同じようなアプローチをしている映画監督に『ハッシュ!』(2001年)『恋人たち』(15年)を撮り、自身もゲイであることをカミングアウトしている橋口亮輔監督が挙げられるが、日本でセクシュアルアイデンティティーの要素を扱った作品は少なくないにも関わらず、それを通して大きく社会を捉えたものは多くないように思う。現在、よくメディアに取り上げられるようになったLGBTQの人権問題についても「そっとしておいてほしい」という当事者の声さえ聞かれる日本では、「性的なことはあくまでも個人的なこと」としてあえて問題化しない傾向がある。

名作誕生の背景には性とアイデンティティーが存在

台湾出身で世界的で活躍するアン・リー(李安)監督も、『ウェディング・バンケット』(1993年)『ブロークバック・マウンテン』(2005年)など、性的多様性を扱った名作を世に送り出している。

『ウェディング・バンケット』は、LGBTQ映画の古典ともいえる作品だが、アメリカに移住した台湾出身のゲイの青年が、保守的な華人社会とアメリカ社会との間で惑うという、コメディータッチながらもシリアスな人間ドラマだ。また映画『ラスト・コーション』(07年)は、LGBTQ映画枠とは言えないが、第二次世界大戦中の香港と上海を舞台に、国と国とのパワーバランスや暴力を最もパーソナルな行為である「セックス」に投影し、個人と国家の間に横たわる「愛情」と「ゆがみ」を描き出したという意味で、まさに「Personal is Political」の構造を持った作品といえるだろう。

『ウェディング・バンケット』と『ラスト・コーション』(撮影:栖来ひかり)

アン・リー自身はインタビューで「現実の世界では、私は生涯よそ者である。どこが家なのか、私は他の人のようにはっきりとどこかに帰属することができない。台湾では私は外省人であり、アメリカでは外国人、中国では台湾同胞である。自分では致し方ないものであるが、また自己の選択でもあり、運命が決めたことでもある。私は一生よそ者であるしかないのだ」と語っているが(*2)、「故郷がない」と感じるアイデンティティーの問題は、歴史に翻弄(ほんろう)されてきた台湾社会がさまざまな形で向き合ってきたものともいえ、その複雑な心情が台湾で生まれた「湾生」日本人へ投影されたのが、『湾生回家』(15年)というドキュメンタリー映画でもあった。

台湾を代表する文学者の白先勇も、アン・リーと同じく戦後に中国から移民してきたエスニシティに属しているが、代表作の一つである『孽子(Crystal Boys)』は2003年にテレビドラマ化され、性とアイデンティティーの間に揺れる青年と、1970年代の台湾戒厳令下におけるゲイ社会の模様を緻密に描写した。マレーシア出身のツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督もゲイであることを公言しているが、作品にセクシュアルアイデンティティーの問題を盛り込みつつ、都会に暮らす人々の孤独を描いて国際的な評価が高い。