重宝された元日本軍人と軍属たち
こうして集められた台湾人兵士たちは中国戦線に駆り出された。共産党軍との戦いは熾烈(しれつ)を極めたが、軍規が緩く、士気も高くない国府軍の中で、台湾人兵士は文字通り、八面六臂(ろっぴ)の活躍をする。
1948年11月から翌年1月にかけての淮海(わいかい)戦役で、国府軍は大敗を喫し、中国大陸から撤退することになった。この時、多くの台湾人兵士は故郷に戻ったとされるが、中には帰る機会を逃してしまう者もいた。49年10月1日、中華人民共和国が建国されると、彼らが台湾に帰る望みは絶たれ、大陸に留まることを強いられた。
許氏が残した記録によれば、国府軍に従軍した台湾人兵士は1万人を超えており、その他に技術員や医務員らが800人ほどいたという。
国共内戦では多くの悲劇が生まれた。捕虜となった台湾人兵士も少なくはなく、中には後に人民解放軍に徴用されて、国府軍と戦う者まで出たという。
この頃、共産党は台湾攻略を真剣に考えていた。これに合わせ、約2000人と言われる台湾人捕虜が「思想改造」を受けたという。彼らは短期育成の幹部訓練に就き、人民解放軍に組み込まれた。こうした兵士は主に沿海部に送り込まれたとされるが、しばらくして朝鮮戦争が勃発。共産党軍による台湾攻略は中止となった。
