日本語の影響を受けた名詞の数々
この現象の説明として最も得心がいくのが、アミス(パンツァハ)語の母音に関する類推である。つまり、Kolas氏の祖父が日本語の「豊(ゆたか)」の音を転書したときに、「ゆ」と「よ」を混同してローマ字表記した可能性がある。
Kolas氏はアミス(パンツァハ)族のルーツを持っており、アミス(パンツァハ)語の母音にはuとoがあるが、uとoに明確な使用上の区別が無く、しばしば混用される。これは多くの言語学者によって指摘されている。
言語学者の前田均氏による論文「台北県政府『阿美語図解実用字典』中の日本語からの借用語」では、100例ほどのアミス(パンツァハ)語における日本語の影響を受けた名詞(借用語)が紹介されているが、その中には「Yutaka」を「Yotaka」と記したのと同じく、母音u→o表記の例を多く見つけることができた。
- simpo 神父(shinpu)
- focigkay 婦人会(fujinkai)
- kagkofo 看護婦(kangofu)
- komo ゴム(gomu)
- solipa スリッパ(surippa)
- cyofo チューブ(chubu)
- cokoi つくえ(tsukue)
- paso バス(basu)
- panco パンツ(pantsu)
- omi 梅(ume)
- katacomoli かたつむり(katatsumuri)
- sakola さくら(sakura)
- yolinohana ゆりのはな(yurinohana)
- nanpokoy 南部鯉(nanbugoi)
- lakota ラクダ(rakuda)
- limpo 練武(renbu)
- komoing 公務員(koumuin)
※左側がアミス(パンツァハ)語、真ん中が元の日本語で、右側に日本語におけるローマ字表記/ヘボン式、下線で示したのが母音u→o表記の該当部。
元は日本名といえども、日本語とは異なる表記で代々名前が伝わってきたという事は、すでに”Yotaka”という名が「豊か」という意味を持つアミス(パンツァハ)語なのであり、これ自体が独自の民族的なアイデンティティーを証明している。
また、今回のKolas氏への中傷は、明らかにKolas氏が女性であるから成立していることも問題だ。これは日本語と日本文化を利用した、女性および台湾先住民の方々への深刻な人権侵害である。
名前や言語に宿る誇りと文化を尊重
名前や言語には、それを使用する人々の誇りと文化が宿っている。それはどのような民族の言語においても同じだろう。今回の件で、Kolas氏を誹謗中傷するために、私の母語である日本語が悪用されたことで、日本語と日本文化が損なわれ、傷付けられたように感じる。しかしこれも、かつて日本人が他者の言葉や文化を奪った報いといえるのかもしれない。
未来にそのような事を繰り返さないためにも、日本人を含めて、この出来事の意味を考える意義は小さくない。他者の言語や文化を尊重していくことは、同時に自分たちの言語や文化を大切にすることでもあるからだ。そうした意味で、Kolas氏に中傷の言葉を投げ付けている人々もまた、自らの言葉や文化を自ら損なっているのかもしれない。
バナー写真=台湾行政院(内閣)報道官(閣僚)に今月就任したグラス・ユダカ氏(Kolas Yotaka)。先住民族アミ族出身。先住民族として初の行政院報道官となる。2018年7月25日、台北市の行政院(時事)