「なまり」に敏感な台湾社会
筆者は2018年秋ごろから台湾の研究機関に在籍している。それは人生で最も長く台湾に身を置いている期間でもある。そして、台湾で最も困るのが自己紹介をするときである。子どもの頃から台湾はもう一つの故郷であり、自分のことは「日本人でもあり台湾人もある(完璧な日本人ではない)」と思ってきた。そのため、台湾で自己紹介するなら開口一番「日本で生まれた日本と台湾のハーフです」と言っていた。もしこれを言わないでいると、「どうして中国語がそんなに上手なの?」と聞かれてしまい、それはそれで説明が必要になる。
しかし、「日本生まれの台湾人」だとか「日台ハーフ」といっても、生まれも育ちも台湾の人からのまなざしは時に厳しい。昨年、台湾のある研究会で通訳をした時である。台湾の先生が近づいてきて、中国語で「あなたは日本人ですか」と聞いてきた。そこで、「日本で生まれたハーフです。父が台湾人です」と答えると、首をかしげながら、「台湾人?でもあなたの中国語は台湾なまりじゃないですよ。どうして」と言ってきた。そこで、「日本で中国系の中華学校に通ったので、なまりに影響があるのかもしれません」と答えたら、「台湾人でしょ?どうして中国系の学校に通うの?」とまた首をかしげられた。
筆者は別に自分の意志で中華学校に通ったわけではない。また、そこに通ったことで生じた葛藤を初対面の人と長く話すわけにもいかず、その場はやり過ごした。ただ、自己紹介をするとよく台湾人から「どうして」「なんで」という投げ掛けをされる。それは、台湾で生まれ育った人たちから見て、自分は異質な「台湾人」であるからでもあろう。
台湾にとって「中国語(北京語)」は戦後、国民党が持ち込んだものである。そのため、中国語の「なまり」で自と他を区別してきたのではないかと推察する。日本でよく台湾人留学生と関わるのだが、初めて会って中国語を話すと、10人が10人、「香港人ですか?」と聞いてくる(香港人に言わせると自分の中国語は台湾なまりだそうだが)。生きていく上では大したことではないのだが、台湾は中国語の「なまり」に関して一番「敏感」な場所だと痛感している。