「懐旧」という概念も近代化遺産の活用を後押し

シンポジウムでは、冒頭に紹介した華山1949文創園区を運営する台湾文創発展基金会董事長の王榮文氏も登壇した。もともと出版経営者であった王氏は「会(人と会う)」「展(展示する)」「演(パフォーマンス)」「店(ショップ)」という4つのコンセプトをもとに、「文化人が集まる場所」「観光のホットスポットにする」「ベンチャーキャピタルでも投資選考の対象になる」などを目標にし、若い芸術家たちにパフォーマンスの機会を提供し、未来の文化を創造する場として同区を機能させていることを強調した。

今回のシンポジウムの意義について、登壇した工学院大学の後藤治教授は、こう言い切り、会場が静まり返ったのが印象的だった。

「日本は完全な後進国で、台湾は先進国。台湾に日本は圧倒的に負けている。日本は教えることがなく、学ぶことばかり。参りましたとしかいいようがない。日本でもPFI(民間資金活用事業)やコンセッション(公共施設運営権)などの方法で歴史的建造物を再活用しようとしているが、うまく機能していない。台湾で公共主導がうまくいかず、民間の主導に切り替わっているのが2000年前後。いまの日本はその段階で、台湾より20年遅れている」

台湾で近代化遺産の活用が活発であることは、制度的に官民が一致して取り組める枠組みができていることに加えて、「懐旧」という概念が流行していることも関係している。その対象は、日本統治時代のものだけではなく、清朝時代の中華文化的なものや、蒋介石・蒋経国時代の権威主義的体制のものも含まれており、「懐かしまれる」領域は、かなり広い。

それは、台湾の歴史の一部として、清朝時代も日本時代も、そして、権威主義体制であった時代も、それぞれに正負両面の評価はありつつも、近代化遺産そのものには罪はなく、むしろ台湾の歴史の大切な一部として守り、育て、楽むという民主化後の柔軟な歴史観が込められているように思える。日本と戦争を戦った経験のある国民党も、今日では、日本統治時代の近代化遺産を「植民的な建造物」として排斥するような発想は見られない。

むしろ近代化遺産をめぐる政治的な対立点は、社会運動勢力と近い民進党が「保存」を強調するのに対して、経済界と近い国民党は「活用」を強調するという、政策的な温度差に違いが出ていると、黄副教授は述べている。それは、台湾が近代化遺産をめぐるイデオロギー対立から脱却しつつあることを示していると言えるだろう。中国や朝鮮半島においてはなかなか難しい日本統治時代の近代化遺産の活用が、同じような歴史を抱える台湾でスムーズに行われている原因の一つは、ここもあるのではないだろうか。

バナー写真=台北の「華山1914文創園区」(筆者撮影)