「小さい頃の思い出が、人生を形作るんだ」

ある時、台湾のご自宅で昼食をごちそうになった。昔話をしながら史明さんは、台湾で採れた天然鮎の塩焼きから頭の付いた背骨をすーっときれいに外す。見れば皿に散らかるものは何もない。あまりの見事な箸さばきに、「お小さい頃からしつけられたんですね?」と思わず聞いた。すると「魚の食べ方は、日本留学時代に磨きがかかったな」と笑った。

日本統治時代・台北州士林の素封家に生まれた彼は、厳格な祖父母から「迷い箸をするな、相手の立場になって考えろ、他人に対しては慎み深くなれ、文句を言う前に自分の行動を反省せよ、年寄りの話をよく聴け、と耳にたこができるほど言われた」そうだ。

「どれも当たり前のことだけれど、小さい頃の思い出につながっているかいないかで深みが違う。自分の生活から生まれた思い出が、本当の自分をつくっているんだよ」。史明さんはこれを知識や体験ではなく「思い出」と呼んだ。