「日本には文化という復元力がある」

1937年早稲田大学に入学し、1942年に中国大陸へ渡るまで史明さんは学生生活を謳歌(おうか)した。実家が裕福だったので世田谷の下北沢に家を買ってもらい、そこへ集まる日本人学生とよく遊びよく学んだ。

「僕の家は旧家だったから封建的でね、とてもきゅうくつだった。早稲田で過ごした数年間は束縛から解放されて思い切り自由を味わった」。「クラシックレコードは八千枚ほど集めたなあ。空襲警報が鳴ると、リヤカーに全部載せて避難させたんだ。僕の宝物でした」。

日本の文化を学び、日本人としての素養も身につけた史明さんは、多くのトオサン同様、青春のきらめきをいつまでも大切にしながら、文化の力も重視していた。

「日本には独自の文化があり、それが国の復元力になっている。とてもうらやましいですよ」。史明さんはこう話す一方で、「現在の日本人は伝統文化を大切にしているか」と問う。「伝統行事や文化は、絆や心を育み互助精神や一体感を養う大切なもの。おろそかにすると国も滅ぶんだよ」