「為政者は、民衆とはなんぞやを、知らんのだよ」
民主化により、1993年に台湾への帰国が赦された後、史明さんは街宣車を仕立て、台湾語で遊説を始めた。車椅子生活になってからも週2回は街宣車で各地をくまなく回った。地方へ遊説に出かけ、祭りの輪に飛び込み、農民らと民謡を歌い、未来の希望を語り勇気づける。
「必ず若者といっしょに年寄りのところへ行って、昔の台湾の祭りや風習を丁寧に聞き出します。生活から生まれた歌や踊りや習慣。これこそが台湾の共通語なんだ」
史明さんの言葉は分かりやすい。だから民衆に浸透する。エリートや学者は「庶民に通じる言葉で話さないね。台湾の主権についても分かりやすく語っていない」。史明さんいわく、台湾の主権とは「台湾民族」の前進と発展を守ること、そして、台湾人の人権と生活を守ることだという。
「民衆は難しい理屈が分からなくても、世の中がおかしい方向に行っている、危ないと察知する力を持っています。危機感が沸点にくれば彼らは行動を起こすものなんです」
史明さんは台湾の若者が中心となった2014年のひまわり運動を高く評価していた。逃亡犯条例改正案に反対してデモを続ける香港人にも、病床からエールを送っていたことだろう。
