柯子彰のラグビー精神のルーツは日本にあり
英国から日本、そして台湾に伝わったラグビー。柯子彰の尽力で、台湾でのラグビーは発展し、日本、韓国と並んで、アジア3強と言われた時代もあるが、残念ながら、今の台湾ラグビーはあまり元気がない。7人制ラグビーでアジア諸国を対象とした「アジアラグビーチャンピオンシップ」に出場できるよう、日々努力しているところだが、練習場やコーチの不足、就職して活躍できる環境が整っていないなど抱えている問題は多い。
晩年の柯子彰は台湾において政府と企業の理解とサポートが欠如していると嘆いたそうだ。ただ、2015年には、台湾大学内に台湾初の女子ラグビーチームが結成されるなど、悲観的な話ばかりでもない。
2001年、柯子彰は91歳の生涯を閉じた。病床において、亡くなる直前までノートに達筆な日本語でラグビーのことを記し続けた。最後のページには「…パスも快パス、長パス、…ゴロキック等数種あり」と記されていた。人生最後の瞬間まで思い続けたラグビーへの愛情には感動させられる。
柯子彰の死後、台湾で「永遠的13號(永遠の13番)」というドキュメンタリー番組が制作されたり、特集記事が組まれたりと、彼をしのぶ声は後を絶たない。
台湾ラグビーの先駆者である柯子彰のラグビー精神のルーツは日本にある。台湾人のラグビーファンは日本チームの快進撃を目の当たりにしながら、かつて台湾にラグビーを根付かせた日本人や柯子彰のことを思い出し、喜んでいるのかもしれない。
日本と台湾をつなぐものは多様だ。ワールカップを見て、ラグビーもそのひとつだということに気付かされた。野球のように、日本チームで活躍する台湾人選手が現れることを期待しつつ、まずは父が好きだった早慶戦を楽しめるよう、ラグビーのルールを勉強してみよう。
バナー写真=1930年カナダ遠征時の記念写真(2列目左端:柯子彰)(日本ラグビーフットボール協会提供「日本ラグビー デジタルミュージアム」掲載資料)
