台湾・沖縄で進む新しい文化交流の形

台湾展と会期が重なった「島嶼音楽季(H.O.T Islands Music Festival)」は、2018年に台湾で行われた5回目の模様をすでに報告した。Hは花蓮、Oは沖縄、Tは台東の頭文字で、台湾東部と沖縄の文化交流イベントとしてすっかり定着した。6回目は沖縄の番で、2019年9月19日から27日まで開かれた。台湾と沖縄で1年ごとに交互開催という試みもユニークだが、音楽を入口にして生活文化まるごと交流へと広げ、深めていく活動が軌道に乗った感がある。「隣人の本当の姿を知ろう」と呼び掛ける台湾展に通じる姿勢と言えるだろう。

2019年9月23日、沖縄県那覇市で開催された「島嶼音楽季(H.O.T Islands Music Festival)」のフィナーレ(筆者撮影)
2019年9月23日、沖縄県那覇市で開催された「島嶼音楽季(H.O.T Islands Music Festival)」の「島嶼音楽会」フィナーレ(筆者撮影)

台湾と沖縄から集った「音楽人ワークショップ」「島嶼音楽会」のあと、「地域訪問と文化体験」が開催された。沖縄県工芸振興センターを訪ねて紅型などの製作過程を見学したり、八重瀬町の具志頭歴史民俗資料館で旧石器時代の人骨化石「港川人」の発見までの経緯を説明してもらったり。「港川人はどこからやってきたの?」のコーナーでは、「2万年前、3万年前から、太平洋沿岸の地域で人々の行き来があったのかもしれない」という説明に、台湾と沖縄の近さを改めて感じた人が多かったようだ。7月には「3万年前の航海」再現を目指した丸木舟が、台湾東海岸から200キロを超える距離を航行して与那国島に漕ぎ付くことに成功したばかり。「隣人を知ろう」として、自らのルーツを考えることにつながるのが文化交流の面白さでもある。

島嶼音楽季の関連企画「島嶼工芸展」には、台東県の石山集落が伝統を復活させたアミ族の「月桃織」や、花蓮県のガヴァラン族の「バナナ織」などが展示されていた。島嶼音楽季を主催する「国立台東生活美学館」の李吉崇館長は、同じ建物内で開かれている台湾展を見学したあと、「年表を見て、台湾と沖縄がこんなに密接な関係があったのかと改めて驚くとともに、私たちがやってきた島嶼音楽季は間違いではなかったと確信した」とうれしそうだった。「交互に続ける基礎はできた。花蓮・台東は政府中心に民間を引っ張る形で官民一緒に議論、実行する組織ができているが、沖縄は民間中心。民間の力がしっかりしていれば、政府はサポートすればいいだけ。沖縄がそういう方向になって、交流が深まっていけば」と期待を込めた。

沖縄側のキュレーターで音楽プロデューサーの伊禮武志によれば、沖縄側行政の協力は、まだ台湾とバランスが取れていない。民間も力があるとは言いがたい。伊禮たちは沖縄で7月、民間でよりスムーズに継続した交流をし、アジア・島嶼地域の懸け橋となり、国際的なネットワークの構築を図るための「島嶼交流ネットワーク準備室」(仮称)の立ち上げに向けた説明会を開いた。「まずはネットワークをつくり、台湾に頼っている現状を変えていきたい」。そう語る伊禮は「一番近い外国だから」と台湾に通い始め、沖縄の文化を紹介するうちに現地に移住するまでになった。「台湾の特に東海岸は第二の故郷。人々がおおらかで昔の沖縄のような気がします」

伊禮武志氏(筆者撮影)
伊禮武志氏(筆者撮影)

島嶼音楽季に5回目から参加している沖縄のジャズサックス奏者、こはもと正たちは10月26日、南城市の野外ジャズ・フェスティバル「Jazz in Nanjo」と「宜野座村祭り」に台湾からブヌン族の母娘6人グループ「小芳家族」を招いた。1年前の島嶼音楽季で歌声を聴いて「ジャズっぽい。沖縄の人にも聴かせたい」と感動したからだ。宜野座の小学校や中学校の合唱コンクールにも参加した。12月14日には、台東市内で「Okinawa Night in 鐵花村」が開かれた。こはもとや、島嶼音楽季に2年連続で参加した沖縄民謡の仲村奈月らが参加。伊禮が仕掛けた「ミニ島嶼音楽季」で、パイワン族の集落訪問なども島嶼交流ネットワーク準備室の活動として実施された。

こはもと正氏(筆者撮影)
こはもと正氏(筆者撮影)

行ったり来たり。2020年の島嶼音楽季は台湾の番だが、双方で進む「島嶼プラットホーム」構築の動きを足掛かりに、沖縄でも何らかのイベントを催す方向だ。

明らかに新しい文化交流の形が、台湾・沖縄に着々とできあがりつつある。

バナー写真=「台湾展 黒潮でつながる隣(とぅない)ジマ」で横幅16メートルの「台湾・沖縄・日本関連略年表」に見入る入場者(沖縄県立博物館・美術館提供)