パフォーマンスする主権
競争と対立の存在する国際社会では、安定した国際承認を得ている国家であっても、主権を適切にパフォーマンスすることは欠かせない。まして、非承認国家においては、一定の安全保障が確保されている、つまり「事実上の独立」が維持できる、という条件下においてであるが、よりいっそう意欲的に主権をパフォーマンスすることによって、その「事実上の独立」の主権的内実を常に補完していかねばならない。「人民主権」がノーム(守るべき規範)である現代において、それは政治エリートの課題であるとともに、国民の課題でもある。もちろん、少なくとも「祖国」を主張する中国や米国のようなパトロン国家の「虎の尾」を踏まないようにしなければならないのだが。
目下、新型コロナウィルス肺炎のパンデミックの渦中で防疫活動にいそしむ台湾の「選挙共同体」の構成員は、「防疫共同体」という人民主権をパフォーマンスしているのだ、とも見ることができるかもしれない。台湾を単位とする防疫態勢に参加し守られることを通じて、防疫共同体はまさに「生命共同体」(李登輝が1990年代初めに使った言葉)と感じられているのかもしれない。
主権をパフォーマンスすることによりいっそう熱心たらざるを得ず、しかもその熱心が事実確認的主権になかなか結びつかないのは非承認国家の悲哀であるが、それらの活動で優秀な成績を上げ国際的認知度を高めることは、ますます「国民的」誇りとなっていくのである。その誇りをパンデミック後の世界はどのように遇することになるのであろうか。
そうでなくても、台湾という特異な非承認国家は、近代主権国家体系という大いなる偽善のシステムの中の鬼子ではある。東アジアにおける「国際強権」の対抗の地政学が、それを作りだしたのだ。
バナー写真=マスクをして果物を買う女性、2020年4月14日、台湾台北(AP/アフロ)
