人生で最大の影響を与えたのは「旅行」
長年、新井氏のパートナーである大田出版社のチーフエディター荘培園氏は、「三少四壮」で初めて新井氏の文章を読んだとき「すぐに魅了されました。日本人がこんな風に書けるなんて!」と驚いたという。荘氏はすぐに「中国時報」に新井氏の連絡先を尋ね、国際電話を掛けた。その時点では、新井氏の台湾での実績はたった1本コラムを書いたというだけだった。荘氏からの電話を受け、新井氏は「私が本を執筆ということですか?」と非常に驚いていたそうだ。
翌春、荘氏は東京に新井氏を訪ねた。このときは、まさか2人の関係が21年も続くとは思わなかったという。当時、新井氏の息子はハイハイを始めたばかりでまだミルクを飲んでいたが、今ではすでに大学生である。
荘氏によると、新井氏は人と打ち解けるのに時間がかかる人だという。「初めて国立市に新井さんを訪ねた際、私達はカフェにコーヒーを飲みに行きました。カフェの前には桜の木があったことを覚えていますが、当時の私達は何を話したらいいか分かりませんでした。その後、毎年、新井さんに会いに来ていますが、今では2人でよくおしゃべりをして食事に行き、公園を散歩したりします。仕事の話は少ないですね。新井さんの家で彼女の旦那さんが好きな林強(リン・チャン)の歌を聞いたりもします。林強の歌は(新井さんの家の)歓迎曲なんです。新井さん一家は皆、文化に対して包容力があり、とても台湾を愛してくれています。お子さんも同じで、台湾に来ても好き嫌いをせず、客家料理だって食べるのですよ」
そして、荘氏はこう続ける。
「新井さんが書く中国語の文章はまるで物語のようです。それは、彼女の報道記者としての経験に関係があるのではないでしょうか。特に読者に早い段階でポイントを読ませるところが特徴的です。新井さんの中国語は独特の味わいがあります。気軽に読め、それでいてしっかりと情報を得ることができます。また、参考資料の理解にとても長けていると思います」
さらに、荘氏は新井氏の執筆作業は非常に規律正しく、締め切りに遅れることはほとんどないという。
「以前、ある記者が新井さんにどうやったらそんなにきちっと締め切りを守ることができるのかと尋ねたそうです。すると新井さんは逆にこう尋ねました。『出勤したときタイムカードを押しませんか? 私も同じです。フリーランスにも決まった仕事時間が必要です。今日はうまく書けなくても、とにかく書いて書いて、いつかさらにうまく書けるようになることを信じて書き続けるのです』」。この21年の間、新井氏は1年に1~2冊の著作を発表している。そのペースは一度も中断されたことがない。「彼女にとってそれが普通なのです。彼女の仕事は書くことなのですから」
新井氏の毎年の執筆量は決まっているため、彼女が他の中国語の媒体で発表した文章を編集したものや、香港で出版されたものが絶版になった後、再編集して台湾で出版したものもある。そうした仕事を積み重ね、双方の理解が深まったところではじめて新作の企画につながるのだ。
荘氏は大田出版社で企画した新井氏の最初の書き下ろし『獨立,從一個人旅行開始(独り立ちは、1人旅から / 2009年出版)』の制作のきっかけを話してくれた。
「当時、私は新井さんに『人生で最も影響を受けたことは何ですか?』と尋ねました。新井さんの答えは『旅行』でした。新井さんは若い頃からよく1人で旅に出ていたそうです。彼女の中国語は、教室ではなく、旅行中に出会った人たちとのおしゃべりで学んだものだそうです。」
そんな新井氏の経験から執筆された『獨立,從一個人旅行開始』は台湾でベストセラーとなり、中国で出版された簡体字版も大ヒットした。「新井さんと一緒に北京と上海に本の宣伝に行った際、特に若い学生が読んでくれていることが分かりました!」
