看取りの現場で体感したこと

高齢者介護の道に入った当初から、関心の中心にあったのは看取りだ。それは父の最期を看取ったときの清らかな空気感を再び体験したいという思いからだった。しかし、本人が施設での最期を希望していても、容体が悪化すると、誰もが病院に運ばれて行き、死を迎える。その最期に切なさを感じた。ならばいっそのこと、病院のない所へ行ってやれ、と離島に「看取りの家」を開いたのだった。以来、社団法人として組織を固め、全国にネットワークを広げている現在も、時間が許す限りは看取りの現場に立ち会い続ける。

映画『みとりし』より。看取り士に見守られ家族が最期を看取る場面 ©2019「みとりし」製作委員会
映画『みとりし』より。看取り士に見守られ家族が最期を看取る場面 ©2019「みとりし」製作委員会

柴田さんはその場面について、「旅立つ人がそれまで生きてきたエネルギーのすべてを渡し、見送る人たちが受け取る荘厳な場」と考える。それは、長年の体験から柴田さんが理解し、看取りの現場に投影してきたことだ。冒頭に引いた「体の熱」についてもう一度聞いてみよう。

「人によっては、数時間で冷たくなる方もいますが、長ければ2日くらい温かい人もいます。本当に熱いんです!その熱量を実際に感じ取って、なぜなんだろうと仮説を立ててきましたが、やはりエネルギー以外に考えられないなと。宗教っぽく聞こえてしまうかも知れませんが(笑)、人間は体と魂を頂いて生まれてきます。その魂に少しずつエネルギーを蓄えながら生きていって、やがて最期を迎える。そのとき体は朽ちても、魂のエネルギーは残ると考えます。そのエネルギーというバトンを、旅立つ人から周りの人々に渡されるのをお手伝いする仕事だと思っています」

死について考えれば、宗教のような響きを帯びてくるのはある意味で避けがたい。柴田さんは、さまざまな考えから学びながら、独自の死生観を形成してきたが、やはり看取り士としての活動を通じて、体験として得てきたものが大きい。昔からよく耳にする「お迎え」もその一つだ。

「私が看取ってきた方々の誰もがおっしゃることなので、お迎えが来ているな、というのが分かります。お迎えが来なければ旅立てないと思っています。すでに亡くなった親や祖父母がお迎えに来て、あちらの世界に行ったり戻ったりしながら、旅立ちの練習をするんですね。旅先案内をその人たちがしてくれて、それを何度かするうちに恐怖も消えていくのです。せん妄だとおっしゃるお医者さんもいますが、私は実際にその場面に接して確信しています。少なくともそう考える方が幸せじゃないですか。誰にでも一生に一度必ず訪れることですから、怖いと思うより、安らぎの世界に行くと思う方がいいに決まっていますよね。怖いというのは未知の恐怖だと思うんですよ。それを穏やかにしてくれるのがお迎え現象なんです」

映画『みとりし』より。幼い3人の子を持つ母は、余命宣告を受けて自宅での最期を選択する ©2019「みとりし」製作委員会
映画『みとりし』より。幼い3人の子を持つ母は、余命宣告を受け、自宅で家族に囲まれて最期を迎えることを選択する ©2019「みとりし」製作委員会

宗教を越えて、愛の実践者として柴田さんの尊敬する人物がマザー・テレサ。今から28年前、彼女に誓った夢があるという。それは、「すべての人が最期に愛されていると感じながら旅立てる社会をつくること」。それはマザー・テレサが果たせなかった夢を現代の日本で引き継ぐ意志につながっている。

「昔は病院での死よりも、家族に囲まれて自宅で迎える最期の方が普通でした。そんな風に幸せな最期を迎えられる社会にしたいのです。そういう最期のイメージがあれば、そこに向かうその人の生き方や、生きている間の家族の関係も変わってくるはずです。今、子どもに迷惑をかけたくないとおっしゃる幸齢者の方々がとても多い。でも、命のバトンを、エネルギーを渡すのですから、わがままでいいと思うんですね。そんなわがままを許せる、優しい社会にできればいいなと思います」

インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

©2019「みとりし」製作委員会
©2019「みとりし」製作委員会

作品情報

  • 監督・脚本:白羽 弥仁
  • 原案:柴田 久美子(『私は、看取り士。』 2018年、佼成出版社刊)
  • 企画:柴田 久美子、榎木 孝明、嶋田 豪
  • 出演:榎木 孝明、村上 穂乃佳
  • 製作年:2019年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:110分
  • 公式サイト:http://is-field.com/mitori-movie/
  • 9月13日(金)より有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー!

予告編