皇室典範改正論議の進め方
このように考えるならば、漏れ伝わった今上陛下の「ご意向」を真剣に受け止め、その実現に取り組むほかない。ただ、それには上掲⑧※のような、「皇室典範」を改正するか特別法を作るため「国会の場に諮る」必要があり、それに先立って「これまで皇位継承資格の拡大や“女系宮家”の創設など、皇室制度の見直しを巡る議論では、政府の有識者会議が設けられるなどしてきましたが、同じような手続きを経ることも考えられます」(引用⑧の中略部分)と議論されている。
確かに戦後は既存の法律を改正して新法を制定する際、有識者に賛否両論を聞くケースが多い。現に平成17年(2005)と同24年(2012)、内閣官房長官の諮問で「皇室典範の改正に関する有識者会議」と「皇室制度に関する有識者ヒアリング」が行われた。その両方に私も招かれて管見を述べたことがある。
しかし、そこでは諮問事項に対する各自の意見を手短に話すだけで、合意点を求めて議論することはできない。むしろ賛否両論の対立点を際立たせ、世論の分裂を強めかねない。もし今回も有識者会議を設けるのであれば、過去2回の経験に学び、今上陛下の「ご意向」の実現を大前提として共通認識を持ち、それに伴う問題点などを建設的に述べ合う場となるよう、当局者と有識者には心掛けていただきたい。
「皇室会議」での議論が望ましい
そこで私は、現行憲法第一章に掲げる「天皇」を中心とする皇室の在り方に関する重大事は、政府の一時的な諮問機関よりも、現行典範の第五章に基いて常設されている至高の「皇室会議」で議論し合意形成することが、最も本質にかない現実的でもあると考えている。
現行常設の皇室会議
| 皇族 | 成年の男女皇族から選出 | 2名 |
| 立法 | 衆議院の議長と副議長 | 2名 |
| 参議院の議長と副議長 | 2名 | |
| 行政 | 内閣総理大臣と宮内庁長官 | 2名 |
| 司法 | 最高裁判所の長官と裁判官 | 2名 |
皇室会議とは、旧典範の「皇族会議」(成年皇族男子で構成)に代わる皇室事項の会議機関として常設され、その議員は「皇族2人、衆議院及び参議院の議長及び副議長(立法府)、内閣総理大臣、宮内庁の長(行政府)並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官1人(司法府)」の合計10人で組織され(第二十八条)、そのうち内閣総理大臣が「皇室会議の議長となる」(第二十九条)。
つまり皇族の代表2名(現在は秋篠宮殿下と常陸宮妃殿下)も三権の代表8名も一堂に会するから、前者が天皇陛下や皇太子殿下のご意向を承り、後者が一般国民(衆参両院の議長は与党から、副議長は野党から選出)の意向をくんで、じっくりと議論できるに違いない。
もちろん、現行の典範は、終身在位を前提にしているから「生前退位」を議題に想定していない。しかし第二条に定める皇位継承順序を第三条で「皇室会議の議により、前条に定める順序に従って、皇位継承の順序を変えることができる」としている。従って、これを応用すれば、第四条の「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」という終身在位の規定を残して、新しく途中に「又は皇室会議の議により退位したときは、(皇嗣が、直ちに即位する)」という文言を付けたらよいと思われる。
これは、今回の「生前退位」が、仮に特別法で実現された場合でも、次回以降についての方針を明確化することができるからである。将来は、従来の終身在位を優先して残し、新規の生前退位も可能にするが、それを天皇の自由意志だけに委ねるのではなく、公正な「皇室会議」に諮って慎重に吟味する必要がある。
かつて明治や戦後の「皇室典範」を制定する際に問題視されたのは、前近代の皇室史上60例ほどある「生前退位」(譲位)が、恣意や政治的な意図で行われ、対立する有力者などの強制によって争いが生じたことが少なくなかったからである。それを防ぐために終身在位としたことは、それ相当に正当な判断であったと理解してよい。
しかし、70年前では予想されなかった超高齢化の進む現在、将来にわたって終身在位のみの在り方を続ければ、天皇陛下が象徴の役割を十分に果たせなくなるだけでなく、次の皇嗣も次の継承予定者も、皇位を受け継ぐ年齢が高くなり、ご自身による務めも難しくなる恐れが多分にある。従って、今のうちに「生前退位」も可能な道を開いておくことは、憲法の命題である象徴天皇制度の機能を維持するためにも今や必要であり、有意義なことだと考えられる。
とはいえ、その「生前退位」が正当な理由で行われて皇位・皇室の安定的な継続・発展が可能になるようなシステムとするには、「皇室会議」のような権威ある常設機関の実質的な関与が不可欠だということを重ねて強調しておきたい。
(2016年7月30日 記)
タイトル写真:国事行為として、第191回臨時国会の開会式でお言葉を述べられる天皇陛下=2016年8月1日、東京・国会内(時事)