囲碁界の発展にはスターが必要
——2016年に「アルファ碁(AlphaGo)」が棋士に勝利した以降、AIとの関係性がいろいろ言われていますが、AIの存在と囲碁界の発展についてどのように考えていますか?
私を含めほとんどの棋士はAIを活用して碁の研究を行っています。判断が難しい局面では、AIの意見を取り入れることもあります。私は、人間はAIには勝てないと思っていますが、一方で、AIのおかげで50年かかるはずの研究が10年でできた、人間の成長を助けてくれる存在だとも思っています。AIが囲碁の発展を妨げるとは思っていません。
しかし、囲碁がさらに発展するにはAIではなくて、もっと多くのスターの出現が望まれます。例えば2019年4月に史上最年少の10歳0カ月でプロ棋士になる仲邑菫(なかむら・すみれ)さん(9)のような新たな才能です。スターが現れることで、世間からより注目され、囲碁界の裾野が広がります。私たち先輩も後輩に負けじと、努力して全体のレベルアップに努めます。囲碁界の発展には、さらに多くのスターが必要だと強く思います。
生涯忘れられない大地震の中での対局
——これまで一番印象に残っている対局を教えてください。
タイトル戦含め、いつも全力で向き合っているのでなかなか決められません。あえて一つ挙げるとすれば、それは東日本大震災の最中に、まさにここ日本棋院東京本院7階特別対局室で行われた2011年の「第23期女流名人戦」です。私にとってはタイトル防衛戦。1局目は内容も完敗で、もう後がない不安の中で2局目を迎えました。相手は同期の向井千瑛さん(当時四段)。お互い勝ちたい、負けたくない、そんな状況でした。
そして、午後2時46分、あの瞬間が来ました。地震で花瓶が落ちそうになり天井からは黒い粉のようなものが落ちてきて、碁盤も大きく揺れて碁石が落ちそうになりました。私の手番ですが、揺れが激しくて石を打てません。「ここでは死にたくない」、命の危険を感じました。とにかく向井さんに一度対局を止めようと声を掛け、記録係にも時間を止めてもらいました。すぐその場から脱出しようと思ったのですが、揺れが長く、何かにつかまっていないと倒れてしまう状況です。数分後、ようやく運営役員が7階に上がってきて、正式に中断と1階への避難が伝えられました。
1時間後、対局を再開したのですが、余震が続き、この状況で続けるのは危険と判断され、史上初めて女流名人戦で「打ち掛け」(一時中断)となりました。一方、私の手番だったので「封じ手」を行いました。「封じ手」と言うのは、その瞬間自分が次の一手をどこに打つのか、棋譜に書いて封をして、対局が再開される際に開けられ、それを打つというものです。揺れで恐怖する中、負けたくない、納得のいく一手を打ちたい気持ちが入り交じって、10分ほどかけてようやく封じました。通常の2日制の対局は翌日に再開されるのですが、私たちの場合、余震や世の中が少し落ち着くのを待ったこともあり、12日後の3月23日に再開しました。
その間、私も向井さんも集中力を維持するのに本当に苦労しました。台湾にいる家族からもすぐに帰国するように言われましたが、まだ対局があるので帰れないと、なんとか理解してもらいました。再開後の対局に勝ち、その次の対局でも勝って2勝1敗の逆転勝ちでタイトルを防衛しましたが、私にとって特別な対局となりました。
バナー写真=謝 依旻六段
協力=公益財団法人日本棋院
撮影=花井 智子
取材、文=高橋 郁文(ニッポンドットコム編集部)
(*1) ^ 棋士を志す青少年に対して専門的な囲碁指導を行い、棋士育成を目的とした制度

