沖縄基地問題解決のために沖縄を “地域緊張緩和” の媒介役に
宮城 沖縄をめぐる問題の今後の展望は。
遠藤 私自身は、沖縄の基地問題を解決できると信じている。現状のように対話がきちんと成り立たない仕組みを乗り越えて、より多くの人が満足できるような解決を探していくには、日本の安全保障政策と、東アジアの地域秩序像と、その中での沖縄の位置付けで整合的な像が必要で、それが描けたら解決できる道はあると思っている。
そのためには、順番としては、東アジア地域に安定した国際枠組みが必要だ。それを作りながら国際的な緊張緩和を定着させることができれば、沖縄の基地を縮小し、やがては米軍の常駐ではなく有事駐留のみを想定した形でも、東アジアの国際関係を管理できるような状況を作ることができると以前は考えていた。
しかし、日中の関係がこれだけ厳しかったり、中国の行動が南シナ海で見られるような単独行動主義的なものであり、その結果として米中の関係も緊張含みになると、なかなかその方向に行けない。
ではどうすればいいのか。沖縄が積極的に地域の緊張緩和に貢献することを考えても良いのではないかと思う。例えば、物流面では、沖縄を日本とアジアを結ぶ航空便のハブにしようという動きがある。それを文化の面まで広げて、観光業の振興という実利も考えつつ、経済交流の枠組みや人と人の間の文化的な交流を深めていく。その中で、アジア太平洋地域の多様な人々が、お互いに信頼が大事だということを確認しあう地域的な拠点として沖縄が機能していく。
日中全体としてはもめているかもしれないけれども、沖縄に行くとアジア太平洋地域のいろいろな人が居て、混ざってやっていける姿をいつでも見られるようにしておく。台湾からも、香港からも、中国本土からも、アメリカからも、太平洋の島嶼諸国からも、そして日本からも多くの人が交流できる場として沖縄が存在し、相互の相違を認識しつつも、理解も深め合っていく。そういう経験を積んでいくことで、中国にも、紛争が起こったときにエスカレートすることで力の勝負に持ち込むのが良いのではなく、小さな紛争を小さいうちに解決に導くのが国際関係における紛争処理の基本形であるということを学習していってもらう。
ただし、現政権の動きは、そういう方向ではなく、むしろ、東アジアの政治的緊張を高める方向をとっている。例えば、普天間基地は、辺野古での「新基地建設」を強行してしまうのではないか。そうなると、本土と沖縄の間にも今よりもずっと深刻な不信が募ることになるし、アメリカにとっても地元が理解しない基地となり不安定な状況が生まれる。さらに中国との間では、自分たちを封じ込める軍事機能が強化されたという不信感が高まる。そういう観点から見て、とても大きなマイナスを生んでしまうのではないだろうか。
「戦後」を超える政策転換を
平良 いまの沖縄で一番の問題は、海兵隊だと思う。基地の面積でいっても、在沖米軍基地の75%が海兵隊の基地(1万7550ha)であり、人数でいっても57%が海兵隊で占めている。また米軍がらみの事件を考えても、やはり海兵隊の問題が一番だ。
先ほど述べた主権国家の問題と民主主義国家の問題を背景に置いて考えるならば、海兵隊の日本駐留が本当に必要不可欠かを真剣に検討し、もしそうでないならば、国外移転をめざし、どうしても必要というのであれば、負担平等の観点から、本土側が引き受ける覚悟も必要ではないか。
ただ、これも先ほど述べたように、国外移転を米側に要求できない根本的な理由にもし「日米安保体制」なるものがあるとするならば、ここからの脱却はまさに戦後を越えるということであり、また本土移転を本土側が受け入れるというのであれば、これまた戦後の歩みからの大転換を意味する。
いずれにしても、冒頭【編注:徹底討論(Part 1)】で述べたように、いまの「沖縄の姿」そのものに、戦後70年の日本の在り方が凝縮的に象徴されていると考えるので、その「沖縄の姿」を変えていくために、戦後70年の日本の在り方そのものを根本から再検討しなければならないと思う。それだけ沖縄の問題は根が深く、日本全体にとって極めて重要な問題だと認識している。
沖縄問題は日本政治の試金石
宮城 ここまでのお二人のお話を伺っていて、沖縄をめぐる問題について考えることは、結局、日本の政治と外交そのものを考えることなのだと強く感じた。また、沖縄をめぐる問題は、冷戦終結後、今に至る日本の20年余りを映し出す鏡でもある。冷戦終結当初にはアジアの経済的勃興が注目され、沖縄では琉球国時代の大交易時代の栄華の記憶と相まって、沖縄がアジアへのゲートウエイになるのだという構想がしばしば浮上した。ところが、ある時期から地政学と安全保障が前面に出て来る。今日のアジアには、一体化の進む経済と緊張が潜在する安全保障という二つの側面がある。「経済のアジア」と「安全保障のアジア」という「二つのアジア」の間を破綻しないように何とか管理していくということが、これからの最大の課題だ。そうなると、その試金石はやはり沖縄になる。たとえば観光産業からみれば、ターゲットはアジアの富裕層で、そこに未来があるのは分かっている。しかし、尖閣諸島の問題が持ち上がると、沖縄が安全保障の最前線だと見なされる。このようなコントラストは「二つのアジア」の反映だ。
また日本政治について言うと、この20年間、さまざま政治家が沖縄のためにという気持ちで努力してきたことは違いないけれども、この鼎談で指摘されたような問題もあって、結果として非常に入り組んだものになってしまった。中央政界には、“沖縄疲れ” が明らかにあって、政治家からすると、沖縄に良かれと思って手を突っ込んでも、見通しがもてないという状況になってしまっている。
そこにアメリカとの関係も絡んでいて、何が解決なのか、問題の出口が非常に難しくなってしまった。したがって新たなイニシアチブによって問題を打開しようという動きも出てこず、「現行案」で正面突破という状態だ。
ただ、これは政治の貧困というか、構想力というものが非常に狭くなっていることの表れかなと思う。そういう意味でも沖縄は、日本政治が直面している問題の試金石なのだろう。
(2015年6月19日の鼎談に基づき、編集部が構成)
タイトル写真=沖縄県石垣市の尖閣諸島。右から魚釣島、北小島、南小島/ 時事

