アイデンティティーの葛藤

『ある台湾知識人の悲劇──中国と日本のはざまで 葉盛吉伝』

「日本人」と「中国人」というアイデンティティーの矛盾に葛藤した「台湾人」という点で、葉、楊、顔の3人は共通している。最終的には「中国人」アイデンティティーを選び取っているが、そこに至るまでの葛藤は一様ではない。葉の場合、植民地の生活環境や戦時下の熱狂によってもたらされた「日本人」であるべきという規範意識が、さまざまな葛藤を経て「中国人」意識へと変化していくプロセスが本書『ある台湾知識人の悲劇』から見て取れる。楊の場合、二高へ進む前には大連二中にいたので大陸の事情を知っていたし、父親の影響で早くから「中国人」意識を抱いていた。顔の場合、祖父は日本の領台時に劉永福の義勇軍に参加し、父は日本の特高に2度逮捕されたという筋金入りの「抗日」家系の出身である。「中国人」意識といってもひとくくりにはできない。さらに下の世代の陳映眞も含め、個人的背景の違いを考慮して検討する必要があろう。

同時に、彼らの「中国人」意識は決して排他的なものではないことに留意しておきたい。顔にインタビューした「霜降晩鐘」(呉宏翔監督、陳梅卿監修、未公開)というドキュメンタリーの日本語字幕製作を手伝った関係で筆者は顔に会ったことがある。自宅の書棚には日本語の本もたくさんあり、哲学・文学関係が特に目立った。かつての旧制高校的教養主義を垣間見る感じだ。顔は「日本の植民体制の中で差別されたが、困ったときに助けてくれたのも日本人の友人だった。日本の国家を恨んではいるが、日本の人たちは恨んでいない」という趣旨の発言をしている。抑圧的な政治体制の中で民族差別を受ければ、自らの尊厳を守るため対抗的に民族意識を高揚させようともするだろう。だが、顔にとって、本当に目指すべきは種族や階級の差別もなく国境もない一つの世界である。戦後になっても白色テロで投獄されたが、過酷な体験の中でもくじけず、こうした理想主義は一貫して失われなかった。そして、葉にしても、振幅の激しい精神的葛藤の向こうに見ようとしていたのは、やはり顔と同様な理想だったろうと思われる。

彼らが「中国人」意識を選び取ったという結果自体は、それほど重要ではないと筆者は考えている。むしろ、アイデンティティーの多元性が認められなかった時代の中でいかに葛藤したか、そのプロセスを見つめるところに本書を読む意義がある。

バナー写真=台湾新竹駅(Masa / PIXTA)