既に後退しつつある「米国の目標」
こうして見ると、アメリカが求めるCVIDと、北朝鮮が求めるCVISAとの取引は、そもそも技術的かつ外交的に困難なものであることが分かる。ここで大きな疑問が生まれる。それは、アメリカと北朝鮮はこのような極めて困難な交渉を、本当にやり遂げるつもりなのだろうかということだ。
例えば、当初は「年内」を目標にする、とされていた朝鮮半島の「完全な非核化」は、いつしか「(2021年1月までの)トランプ大統領の任期内」にまでに「主要な非核化を実現する」と大幅に後退した。スタンフォード大学の最近の研究によれば、非核化には最大15年程度の期間が必要とも指摘されている。だとすれば、その作業が「トランプ大統領の任期内」に終わることはそもそもが不可能なはずである。
交渉の当事者である米朝両国が、この2つの目標達成が極めて困難であることを理解していないはずはない。だとすれば、― 少しうがった見方をすれば ― この交渉は最初から具体的な結果を期待されていない「外交的ショー」であり、ジェスチャーにしか過ぎない可能性が存在する。それはアメリカにとって、「北朝鮮に核開発を許してしまった失敗」から撤退し、その失敗を取り繕うための交渉であり、また北朝鮮にとっては挑発的な外交姿勢と、核兵器と弾道ミサイルと大量破壊兵器の開発により自らが受けた制裁を、国際社会に解除してもらうための儀式である。
アメリカが、自ら「朝鮮半島の非核化」という言い回しを使っていることにも注目する必要がある。この言葉は従来、北朝鮮が使ってきたものであり、そこには自らの安全を脅かす在韓米軍の脅威削減を求めるメッセージが含まれている。そしてこの言葉をアメリカが共有したことは、この米朝協議では在韓米軍に関わる何らかの重要な内容が交渉の俎上(そじょう)に載っていることを意味している。米韓両国による大規模合同軍事演習の無期限延期は、その事実を十分に示唆しているように見える。
崩れた日本の「最大圧力」シナリオ
今後の米朝交渉の展開は、これまで述べた予想とは異なる方向に進んでいくことになるのかもしれない。しかし、考えなければならないのは、この交渉が「外交的ショー」であるにせよ、あるいは長く粘り強い過程を必要とする真の核廃絶に向けての交渉であるにせよ、われわれは当面、「北朝鮮が核を保有している」という厳しい現実と向き合わなければならないことである。
トランプ大統領自らが「金正恩は信頼できる優秀な指導者だ」と繰り返し述べる状況で、中国や韓国は既に経済制裁解除に向けての準備を開始しており、アメリカもまた合同軍事演習中止などの行動を通じ、「最大限の圧力」から下りてしまっている。
日本はこれまで、「最大限の圧力より北朝鮮を屈服させる」というシナリオを信じ、北朝鮮の核保有という「不都合な現実」は早期に排除可能だという前提で議論を進めてきた。しかし、米朝交渉の結果が示している現実は、この「不都合な現実」の早期排除は極めて困難であり、目の前にある新たな状況に対応して今後の戦略を立てていかなければならないことを示している。
今日の北朝鮮を巡る状況は、今後のアメリカの北東アジアに対するコミットメントの在り方に大きな影響を与える可能性がある。仮にアメリカが朝鮮半島への関与の度合いを減少させるとしたら、近い将来、米中対立の最前線は朝鮮半島から日本列島に移るかもしれない。トランプ大統領は韓国のみならず日本に対しても、米軍のコミットメントを減らして、自主国防に重きを置くように促しており、今日の韓国を巡る状況は決して「対岸の火事」ではあり得ない。
重要なのは、この機会に米韓両国と、今後の北東アジアの安全保障体制の在り方について真正面から議論しておくことだ。北朝鮮が核保有し、さらには中国の軍事的脅威が増す中で、このままずるずるとアメリカがこの地域から撤退していくなら、それは日本の安全保障にとってのみならず、この地域全体の安定に重大な影響をもたらすことになる。
孤立主義的性格の強いトランプ政権と、民族主義的で進歩派の韓国の文在寅政権に対峙し、北東アジアにおけるアメリカのコミットメントがいかに重要かを訴えて安定した秩序を作り出すか。この外交作業こそが今後の日本にとって重要だ。北朝鮮の非核化を巡る交渉が、平和ではなく逆に、この地域の不安定化をもたらすことのないように、大きな視野を持った外交戦略が求められている。
バナー写真:シンガポールで初の米朝首脳会談に臨む北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領=2018年6月12日(提供:White House/UPI/アフロ)
