立岩

京丹後市で最大の川・立野川の河口にある巨大岩石の「立岩」も、鬼伝説と関係がある。高さ20メートルの柱状玄武岩で、市を代表する観光スポットの一つだ。

伝説によると、飛鳥時代には大江山に英胡(えいこ)、軽足(かるあし)、土熊(つちぐま)という3匹の悪鬼の頭領が住んでいた。用明天皇の第三皇子の麻呂子皇子(まろこのみこ、「当麻皇子=たいまのみこ」とも)は討伐の勅命を受け討伐した。その中で土熊は死を免れて逃げたが、皇子により立岩の中に封じ込められてしまった。現在でもこの地では、風が強く波の高い夜には、岩の中から鬼の叫び声が聞こえるとの伝説がある。

立岩の近くには日本海三大古墳の一つである神明山古墳(しんめいやまこふん)があり、この地がかつては丹後の政治の中心だったと想像するのは難しくない。これらの古墳からの出土品の一部は、京丹後市立丹後古代の里資料館に収蔵されている。日本の古代史に興味があれば、この資料館で日本最古の銅鏡である「青龍三年銘方格規矩四神鏡」や、古代の豪族の権力を象徴する鏡、勾玉(まがたま)、剣など貴重な文化財を見てみるのもよい。

立岩(撮影:林 亦峰)
古代の里資料館館內(撮影:林 亦峰)

多禰寺

舞鶴市にある多禰寺(たねじ)は、麻呂子皇子が大江山の悪鬼を鎮めるために創建した7つの寺のうちの一つだ。丹後では最も古い寺であり、本尊は薬師瑠璃光如来をまつっている。多禰寺は平安時代、権力者の保護の下で規模が拡大したが、その後の戦乱で徐々に衰えていった。

さまざまな伝説は別に、当時の麻呂子皇子が大江山を攻めた主な理由は、単純に鉱脈の獲得だったかもしれない。大江山一帯は金属鉱石の産地であり、朝廷が現地の豪族が持つ鉱脈とたたら製鉄の技術に注目したことが、戦いに発展したのだろう。いずれにせよ、当時は日常生活のためにも国家権力の拡張のためにも金属は必要だった。多禰寺の読み方にある「たね」も、砂鉄を指している。多禰寺が権力者の保護を受けるようになったのも、もしかしたら寺が古代の製鉄技術を持っていたのかもしれない。

多禰寺がある山のふもとの舞鶴自然文化園は関西地区で一番のアジサイとツバキの名所だ。初夏のアジサイは10万株、冬に満開になるツバキは3万本が植えられており、日本全国でも屈指の規模を誇る。山や谷を埋め尽くすアジサイやツバキを見たければ、舞鶴自然文化園に行くことをお勧めする。

多禰寺本堂(撮影:林 亦峰)
多禰寺から舞鶴港の全景が見られる(撮影:林 亦峰)
舞鶴自然文化園のアジサイ(撮影:林 亦峰)

歴史や神話の背景を知って観光地を訪ねれば、一味違った見方ができる。次に日本に行っておいしいご飯を食べるときには、日本の稲作の起源と「海の京都DMO」地域に豊富に伝わる神話や歴史を忘れないようにしたい。

最後に、天橋立府中観光会、海の京都DMO、京都府立丹後鄉土資料館に感謝を申し上げます。

バナー写真=天橋立(攝影:林亦峰)