記録よりも記憶に残る演技を

最終的に時代を作るのは、ルールではなく選手たち。こんなスケートを見せたい—彼らのその強い意志が、次代のフィギュアスケートを作って行く。五輪王者の演技は、次の4年間、選手たちの大きな指針となっていくだろう。「跳んで勝ちたい」選手が勝つか、「フィギュアスケートの本質を守りたい」選手が勝つか。もう、彼らに任せるしかない。

しかし、長くフィギュアスケートに親しんできた立場から、願うことを許されるならば。やはり私たちが見たいのは「ああ、これがフィギュアスケート」と思えるような滑りだ。「4回転を何本跳んだ」と記録に残るのではなく、「平昌の、あの演技は忘れられない」と、記憶に残るスケート。そんな演技を見せた選手にこそ、五輪王者になってほしい。

例えば今シーズン前半、多くの選手が難度の高いジャンプ構成に挑んだが、最も記憶に残った演技は4回転がわずか1本、2本だった2選手。2017年11月・NHK杯でのセルゲイ・ボロノフ(ロシア)、12月・全日本選手権での無良崇人(むら・たかひと)だった。

今年30歳のボロノフは、4回転2本であっても、4分半のプログラムを滑りきることは体力的に厳しかった。フリーを滑り終わった瞬間、氷の上に崩れ落ちてしまうほど、ぼろぼろの状態だった。それでも自身の持ち味である男臭さをたっぷり見せる「サラバンド組曲」を滑り切り、30歳にして、グランプリシリーズ初優勝。年齢的にも難しい五輪代表争いを、どうあがいても戦い抜きたい—その意志を感じる演技に、人々は心からの喝采を送った。

また、今年27歳、恐らく五輪への挑戦は最後となる無良の全日本選手権も、素晴らしかった。「もし僕が19、20歳の体だったら、この4回転時代に挑戦したかった」というほど、ジャンパーとしてポテンシャルの高かった選手だ。しかし彼が五輪最終選考会で見せたのは、4回転を1本に絞り、「一番の自分らしさ」が出せる渾身(こんしん)の「オペラ座の怪人」。20数年間かけて見つけ出した、「自分のフィギュアスケート」を全て見せたい、その願いが見ている人々に真っすぐに届く演技だった。

ボロノフ、無良は残念ながら国内選考の結果、五輪代表には選ばれなかった。しかし彼らは、記録よりも人々の記憶に、深く残る演技にたどり着いたのだ。

平昌五輪後の競技の行方は?

たくさんの選手たちの思いを経て始まる、平昌五輪。王者に望むのは、ジャンプにばかり注目する人々に、「フィギュアスケートは、それだけじゃない!」と、全身で叫ぶような演技だ。しかしそれは現在の4回転偏重時代、あまりにも難しいことかもしれない。

宇野昌磨、ハビエル・フェルナンデス、パトリック・チャンら、4回転よりもフィギュアスケート本来の魅力を重視する選手たち。彼らが、緻密に組み上げられたプログラムを滑りつつ、自らに課したジャンプ構成をクリーンに成功させることができるか。

羽生結弦、ネイサン・チェン、金博洋ら、やはり最後にはジャンプにプライオリティを置くだろう選手たち。最強のジャンプを跳びながらも、どれだけ彼ら本来の持ち味を殺さずにいられるか。

誰が金メダルに輝いたとしても、「これぞ、フィギュアスケート!」とたたえられる演技を。平昌五輪後のフィギュアスケートが向かう先—これからの男子シングルの新たな時代を託したい、そう思える演技を、心から期待したい。

(2018年1月22日 記)

バナー写真:2017年10月21日、グランプリシリーズロシア大会(モスクワ)のフリーを演じる羽生結弦(坂本清/アフロ)