科学による知見か、冒険家の感性か
さて、デジカメである。
2009年にヨットで世界一周を果たした沖縄県竹富町の前田博氏は「基本的には3ノット(時速5.5キロ)の黒潮に逆らって蘇澳鎮に漂着したことになる。自然のなせる技だ」と話し、「この奇跡は、冬型季節風の北東風とそれによって引き起こされる波の力、そして黒潮反流のタイミングが合ったことによるもの」と指摘する。反流と季節風が黒潮をさかのぼらせたというわけだ。
別の見方も示した。石垣島から黒潮に乗って北上したデジカメが太平洋を回って再び黒潮の流れに乗り、台湾に漂着したというのだ。「八重山諸島に近づくウミガメの中には、黒潮に乗って北上し、北米大陸の西海岸を南下して赤道上を西進して、生まれ古郷のフィリピン近海に戻る個体もあるという研究がある」と前田氏。「太平洋回遊説」とでも呼びたくなる見立てである。
自分で体を動かせるウミガメと、潮任せのデジカメを同列に考えることはできない。たとえば、1995年からウミガメの調査が行われている澎湖諸島の望安郷では産卵のために上陸するウミガメが激減しており、原因の一つとして観光が挙げられている。「行楽客が産卵場所に立ち入ったために、ウミガメが産卵しないようになった」(17年7月31日付「聯合報」)との指摘があり、ウミガメが波任せで漂っているわけではないことを示している。
92年から石垣島でウミガメの調査を続ける石垣島ウミガメ研究会の谷崎樹生会長は、デジカメのハウジングに付着した生き物に着目する。谷崎氏は「インターネット上の写真を見る限り、カルエボシばかりのように見える。北太平洋北部を横断したのなら、ムラサキイガイや北方系のフジツボが付いていたはず」と指摘する。谷崎氏によると、カルエボシは世界に広く分布する貝で、ムラサキイガイは水温29度以上では生きられない。だとすると、カルエボシが付着していることでは漂流経路の推定は難しいものの、低い水温を好むムラサキイガイや北方系のフジツボが見られないことは、デジカメが黒潮を北上して太平洋を回遊する旅から戻ってきたとする見立てとはうまく両立させられないことになる。
ハウジングを詳細に調べたら、海洋生物の専門家が培ってきた知見によって漂流ルートがもう少しはっきりしてくるであろう。一方、冒険家としての前田氏が「太平洋回遊説」のことを「ロマン物語」と表現したその言葉も耳にやさしい響きを持つ。
2年半かかって黒潮をまたぎ、偶然にも持ち主の元へ返ったデジカメには、科学による究明も、冒険家ならではの言葉も、どちらもふさわしい。
バナー写真=貝がびっしり付いた状態で見つかったデジカメ入りのハウジング=3月27日午前、台湾宜蘭県無尾港海岸(提供:蘇澳鎮岳明小学校の李公元教諭)参照
- 山口晴幸『ひげ先生の書簡 漂着ゴミ―海岸線の今(いま)を追って』(文芸社/2002年)
- 黄智慧「移動と漂流史料における民族の接触と文化の類縁関係―与那国島と台湾―」(津波高志『東アジアの間地方交流の過去と現在―済州と沖縄・奄美を中心にして』彩流社/2012年)
- 和田久徳ら「李朝実録の琉球国史料」(南島史学会『南島史学 第44号』/1994年)
- 「成宗大王実録 巻105」(谷川健一編『沖縄学の課題』木耳社/1972年)
- 嘉手納宗徳訳注『第一巻李朝実録琉球史料(三)』(松涛書屋/1982年)
