いつか実現したい韓国と台湾へのご訪問
野嶋 天皇陛下の海外訪問は、外交ではないという建前ですが、実際は外交的な意味を持つことも少なくなく、「皇室外交」という言葉が使われています。外交の現場に長く携われてきた実感はいかがでしょうか。また、天皇陛下の訪問先は、政府と皇室との間でどのように決められるのでしょうか。
池田 天皇陛下の外国訪問は、直接政治外交に関係したことを行うものではなくて、広く友好・親善のために行われるということにはなっていますが、現実の問題としては、相手方の国にとっても、日本にとっても特別な重みと重要性を持つ公的行事です。
訪問先の決定はあくまでも政府が決めるということになっていますが、天皇陛下ご自身にも機会があれば行きたいというお気持ちがあることもある。それが自然な格好で政府に伝達されることはあります。
例えば、私がオランダ大使として赴任する時、皇居に参内して両陛下とのお茶会の席があり、宮内庁の侍従から、ある手紙を見せてもらいました。それはオランダのベアトリクス女王から天皇陛下への手紙でした。自分は昭和天皇の大喪の礼に出席したいと思っていたが、オランダでは日本への反発も強いので、出席できなかった、ということが詳しく書いてあり、ベアトリクス女王が日本に対してどういう考え方だったかがよく伝わってきます。天皇陛下ご自身が手紙を私に見せてくださったことで、陛下のオランダへのご関心のほどがよく伝わってきました。
もちろん政府にもいろいろな見解があり、内閣や外務省、宮内庁の議論の中で固められていくのが、戦後の天皇陛下の外国訪問先の決め方であったと思います。
野嶋 天皇陛下の訪問先は、2000年のオランダ訪問以後、戦前や戦争と関わる場所を訪れようという意欲を感じます。それ以前は欧米中心だったのが、それからはフィリピン、サイパン、パラオ、ハワイなどが訪問先に入ってきます。
池田 オランダ訪問が一つの転機となったと見ることもできるでしょうね。天皇陛下のご訪問にかける特別な思いが感じられるものもあります。東日本大震災の後の被災地への慰問とも共通するところがあります。昭和天皇は激動の時代の中で自ら全てを経験されていたので、なかなか反省や慰霊の言葉をはっきり語ることは難しかった。現在の天皇陛下は、自分がどういうふうに慰霊的な行動をとるべきなのかはっきり意識されているのではないでしょうか。
野嶋 天皇陛下による中国とオランダの訪問があって、あと残されたのは、日本が植民地として統治した韓国、そして台湾です。しかし、それぞれ異なる文脈で困難があります。
池田 外国訪問の中でも、韓国と台湾は全く別のカテゴリーの問題だと思います。韓国は、新政権になった後、日本への対応がまだまだ警戒的ですよね。そういう中で訪問ということになると、どういう反応があるか予測が付かない。朝鮮半島情勢が抜本的に変化すれば、対日感情も変わってくると思いますが、当面はなかなか難しい。台湾については、もし訪問ができれば大変歓迎されると思います。しかし台湾をめぐる内外情勢は複雑ですから、そう簡単に結論の出る問題ではなさそうです。いずれにせよ、韓国と台湾は特別な意味を持っているので、容易ではないでしょうが、将来どこかの機会で実現できればいいと思います。
バナー写真=オランダ公式訪問を終え、ベアトリックス女王に見送られる天皇陛下(オランダ・アムステルダムのスキポール空港)[代表撮影]、2000年5月26日(時事)
