苦労したフレディへの取材

「MLの現役時代、一番多く取材して、一番苦労したのがクイーンです。駆け出しの編集者時代から1990年フリーになるまで、いつも“隣”に彼らがいた。好き嫌いを超越した愛着があります」

そう語る東郷さんは、何度か歴史的な場面に立ち会った。映画『ボヘミアン・ラプソディー』でも描かれた「リッジ・ファーム」スタジオでの『オペラ座の夜』(A Night at the Opera)レコーディングのためのリハーサルをほぼ丸1日かけて取材している。また、映画のクライマックスとなる85年7月ロンドンのウェンブリー・スタジアムでの「ライブ・エイド」の現場にもいた。世界各国に衛星中継された一大チャリティーイベントだ。

取材で一番悩まされたのは、映画でも “悪役”扱いだったフレディ・マーキュリー専任の「アシスタント」ポール・プレンターだった。

「彼はフレディの信奉者でしたが、とにかく仕切りが悪く、取材を申し込んでもフレディまで話がいかない。何度も大げんかをしました。しまいには私を見ると逃げ出すようになりましたよ」

70年代後半から80年代、フレディは孤独を深めていく。「他のメンバーが結婚して子供が生まれたりする中で、『君のことを一番分かっているのは僕だけ』とポールにアピールされて、そのまま受け入れてしまった。その構図は取材していてすぐ分かり、腹が立ちました」

最後の来日となった85年5月、「来日メンバーの名簿にポールの名前がないのを知り、思わず小躍りしましたよ。ついにフレディも目が覚めたかと…」。この時のフレディへの単独インタビューはかつてないほどスムーズに運んだと言う。

「日本での発売を控えていたソロアルバム『Mr. Bad Guy』のことを話したいという気持ちも働いていたんでしょう。フレンドリーではつらつとした印象でした」

フレディは東郷さんに完成したばかりの「I Was Born to Love You」のビデオを何度も見せ、ストップモーションにしては一生懸命解説した。少し閉口したものの、大きな子どものようで憎めなかったそうだ。フレディと直接話すのはこのインタビューが最後となった。

当時クイーン解散の噂があり、実際、この日本公演後に「休養に入る」と宣言。2カ月後に開催された「ライブ・エイド」に出演を決めなければ、そのまま解散していたかもしれないと東郷さんは言う。「私も会場で見ていましたが、本当に生き生きして圧倒的でした」。7万人以上の観客を、フレディは希代のエンターテナーぶりを発揮して一気に引き付けた。「クイーン自身も救われたんです。バンドとしての自信を失っていた時期に熱狂的に受け入れられ、もう一度4人で前に進もうという気持ちになれたんですから」

日本への特別な思い

2011年2月、ロンドンで開かれた結成40周年の記念イベント「クイーン展」の取材で、東郷さんはブライアンとロジャーに再会する。2人は、日本初公演での体験が自分たちをバンドとして成長させる第1歩だったと改めて語ったそうだ。

クイーンには日本との特別な絆を感じさせる曲がある。日本語を交えた歌詞で歌われる「手をとりあって」(Teo Toriatte/ Let’s Us Cling Together)だ。11年3月に東日本大震災が起き、緊急発売された海外アーティストたちのチャリティー・アルバム『Songs for Japan』には、この曲が提供された。

2011年2月久しぶりにブライアン・メイ、ロジャー・テイラーに再会(写真提供:東郷かおる子)
2011年2月久しぶりにブライアン・メイ、ロジャー・テイラーに再会(写真提供:東郷かおる子)

もともと、1977年に発売された5枚目のアルバム『華麗なるレース』(A Day at the Races)に収録された曲で、日本語を入れようと主張したのはフレディだといわれている。再来日公演の時に「メンバーの通訳を務めた女性が、フレディから自分の書いた歌詞を日本語にしてくれと頼まれて翻訳したと聞いたことがあります」(東郷)

フレディの日本への関心は特別だった。日本の伝統工芸を愛し、来日の際は美術品を買い集め、京都にも足を運んだ。86年プライベートで訪日した際には栃木県の陶磁美術館「栗田美術館」を訪ねた。「その時の写真が館内に飾られているので、今ではクイーン・ファンの聖地になっています」

若い世代が “再発見”

「今の若い人はスマホでミュージックビデオを見る世代ですから、映画で再現されたライブ・エイドの迫力には圧倒されたでしょう」と東郷さんは言う。「甲子園の応援歌やCMで聞いたことがある曲がクイーンだったのかと驚いて、改めて音楽配信で聞くようになった若者も多いのでは。昔からのファンと新しいファンの相乗効果で盛り上がっています」

人気再熱は今回が初めてではない。2004年木村拓哉主演の連続ドラマ『プライド』で「I Was Born to Love You」が主題歌に、その他の曲も挿入歌で使われて話題になり、発売されたベストアルバムが大ヒットした。

今のブームはもっと大々的で、収束の気配がない。ブライアン・メイ、ロジャー・テイラーの動向は毎日のように報じられ、SNSで共有されている。20年1月には、米人気歌手アダム・ランバートをボーカルに迎えたツアーで来日予定だ。

東郷さんは感慨深げに言う。「精力的に活動するロジャーとブライアンを見ていると、クイーンの音楽とフレディのスピリットを継承する役割を自分たちは担っているという覚悟を感じます」

取材・文:板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:1975年初来日での京都を訪れたクイーン。左からロジャー・テイラー、フレディ・マーキュリー、ジョン・ディーコン、ブライアン・メイ (撮影:長谷部宏/MUSIC LIFE ARCHIVES)