中壢(ちゅうれき)での見聞

台北以外では、まず中壢(ちゅうれき)に一人で行った。ここは、1977年の中壢事件の発生地でもあったから一度行っておきたかったのである。「党外」勢力からは、張徳銘(前年8月戴國煇さんの紹介で康寧祥氏、黄煌雄氏と一緒に東京で会った)と米国に亡命していた元桃園県長許信良の弟、許国泰が出馬していて、それぞれの事務所を訪れた。許国泰事務所に行くと候補は今選挙カーで出かけるところだから、サポートの車に乗ってついて行ってもよいと言われたので荷台に載せてもらった。

日本の選挙では、ほとんどの候補がスーツにネクタイの姿であるが、許候補はジャージにスニーカーというスタイルであった。どうしてこういうスタイルなのかと聞くと、「その方が奮闘しているように見えるからだ」という返事、所変われば選挙スタイルも変わる。

中壢では、1977年の事件で開票不正が行われた小学校とそのすぐ横の、事件で焼き討ちされた中壢警察署とのそばまで行って写真を撮ってきた。事件はその小学校に設けられた開票所で、許信良の運動員に開票不正の現場を押さえられ、責任者の同小学校校長が警察署に逃げこんだのがきっかけだった。すぐそばの歩道橋に「神聖一票、決不放棄」という横断幕の標語が掲げられていたが、事件を思い出すとやや皮肉な感じがした。

中壢警察署前の歩道橋。その後ろの茶色の建物が警察署(筆者提供)
中壢警察署前の歩道橋。その後ろの茶色の建物が警察署(筆者提供)

選挙には関係ないが、このとき歩き疲れて街中のジューススタンドに寄り、初めて「木瓜牛奶」(パパイヤ・ミルク)というのを飲んだ。パパイヤの実をその場で牛乳とともにミキサーのかけるのである。その後やみつきになった。私の台湾でのソウルフードならぬソウル飲料である。