羅東での見聞
張士陽さんと宜蘭へ出かけた。今では台北から宜蘭までは長い雪山トンネル経由の高速道路で短時間で着くが、この時は台北駅前からバスで山越えしていった。峠を越えるといきなり眼下に宜蘭平原の水田風景が広がり、その先に太平洋があり、亀山島が鎮座していた。その景色が今でも眼底に残っている。
宜蘭でのお目当ては、方素敏候補の事務所を覗(のぞ)くことだった。宜蘭の町について聞いてみると選挙事務所はさらに南の羅東の町にあるというので、黄煌雄候補の事務所付近を徘徊して写真を撮ってから、またバスに乗って羅東まで行った。
方素敏女士は先にも触れた美麗島事件軍事法廷被告で有罪となった林義雄前省議員の奥さんである。林義雄一家殺人事件では、姑と三人娘のうち二人が殺され、一人が重傷を負った。米中国交樹立のアナウンスがあったため中止された国民大会と立法院の「増加定員選挙」が、美麗島事件を経て1980年年末に復活・挙行された際、軍事法廷被告の姚嘉文夫人の周清玉が国民大会代表選に出馬し、張俊宏夫人の許栄淑が立法委員選に出馬し、ともに同情票を集めて高得票で当選したことがあった。これは美麗島事件軍事裁判に対する一種の民意の側からの判決であり、また事件で傷痕を負った人々に対する大いなる慰謝でもあったといえるのではないか。
方素敏女士も政治は全くの素人であったが、最高得票で当選した。この時方素敏選対には旧知の『八十年代』編集長の司馬文武が入って取り仕切っていた。事後になぜ宜蘭入りをしたのかと尋ねると「方素敏はあの事件の経緯からして助けないわけにはいかなかったのだ」との答えが返ってきた。ここでも選挙は不当に家族を奪われた一女性に、一種の正義と慰謝とを与えるものとして機能したのであったと言えるのだろう。
選挙は歴史のある段階では、またそれが可能である地域ではこのような意義を持つものようである。
バナー写真=方素敏選挙事務所脇の選挙宣伝版。「林家に何の罪がある」「公正・正義は何処にある」と訴えている(筆者提供)

