柯旗化先生の夢
時間を1985年11月14日に戻す。1階の第一出版社から2階の客間に上がりその客間で少しお話しを聞いてから、さあ出掛けましょうか、ということになり、まず高雄市内の市議会議員立候補者の事務所を二三見て回り、それから台南に寄って、成功大学の林瑞明さんをピックアップし、台南市郊外の麻豆鎮に行った。今残っている写真をみると、そこで台南県長に立候補している陳水扁氏の選挙本部を参観し、また多分、林瑞明さんの発案で麻豆の林家という旧家跡を見学したようである。
その後記憶も記録も確かでないのだが、数年間は高雄に行けば柯旗化先生に会いに行っていたと思う。その間に一言だけはっきりと覚えているのが、柯旗化先生が私に語ってくれた夢である。確か長期戒厳令が解除された(1987年7月15日)直後の10月に訪台した際ではなかったかと思う。脈絡無しに唐突な感じで「私の夢は彭明敏先生(1923−)がアメリカから帰国して総統選挙に立候補することなんですよ」と述べられたのである。
彭明敏氏とは、1964年台湾大学政治学科教授の時に「台湾人民自救宣言」を発表しようとして逮捕され、70年自宅軟禁中に台湾を脱出、最終的には米国に政治亡命して、この当時は俗に「台湾独立のゴッドファーザー」と称されていた人物である。柯旗化先生からその夢を伺った時は、野党民進党は存在し戒厳令は解除されて体制移行のブレイクスルーは現実のものとなっていたものの、彭明敏氏は在米、総統は蒋経国氏、李登輝氏は副総統であり、まだ国会の全面改選は実現しておらず、体制移行してどのような政治制度となるのか、否、それをどのように決めるかも定かでは無かった。
だが、柯先生のこの夢は実現した。柯旗化先生の回想録が出版された年までに政治的自由化はさらに進展し、彭明敏氏は帰国を果たした。そしてさらに4年後に実現した初めての総統直接選挙に、国民党から立候補した李登輝氏の対抗馬として民進党から立候補した。選挙結果は李登輝氏の圧勝だったが、彭明敏氏の帰国、総統選挙立候補という柯旗化先生の夢は、私に語ってくれた時から10年もたたずに実現したのである。
バナー写真=「新党、新気象、自決、救台湾」のスローガンを掲げる「党外」候補の選挙本部(筆者撮影)


