映画のナレーションから同性愛者役まで

2003年には、鄭文堂監督が演出したテレビドラマ『寒夜続曲』で日本人エリート軍人役に抜擢され、台湾での俳優デビューを果たした。続いて鄭文堂監督の映画『經過(邦題:時の流れの中で)』では、準主役のカーデザイナー役で出演した。この作品は04年の東京国際映画祭でも作品賞にノミネートされた。その後も08年に大ヒット作となった映画『海角七號(邦題:海角七号 君想う、国境の南)』(魏徳聖監督)でのナレーション、13年の『KANO』(馬志翔監督)では、俳優として出演する一方、演出補として若手俳優に演技指導、言語指導も行った。

『KANO』ではクランクインの2カ月間のプリ・プロダクション(脚本の完成やキャスティング、ロケハンなど、撮影前の作業の総称)から、足掛け5カ月に渡った撮影期間、ポスト・プロダクション(映像や音楽の編集など、撮影後の作業の総称)まで、どっぷりと映画漬けの日々を送った。

「監督の隣でモニター越しに、何百人もの俳優の演技を見させてもらいました。俳優とは違った立場で学びも多く、自分を大きく成長させてくれました」

脚本を担当した『念念』(松澤國際影業股份有限公司提供)
脚本を担当した『念念』(邦題:あなたを、想う。)(松澤國際影業股份有限公司提供)

14年には新たな転機が訪れる。蔭山の書いた脚本を読んで感動した映画制作会社のプロデューサーが、香港のシルビア・チャン(張艾嘉)監督に話を持ち込み、その作品が映画化された。15年に公開され、ジョセフ・チャン(張孝全)も出演した『念念』(邦題:あなたを、想う。)である。この作品はこの年、香港映画評論学会で最優秀脚本賞を受賞した。脚本家、蔭山征彦の誕生である。

俳優としても『親愛的卵男日記(邦題:バオバオ フツウの家族)』(謝光誠監督、2018年)で新境地を迎えた。それまでは哀愁をまとった役の多かった蔭山だが、この作品では明るくキュートな男性同性愛者を演じた。役作りに当たっては、ステレオタイプにならないよう、男女の両面性を意識し、自分の中に潜む少女の一面を掘り下げたという。

『親愛的卵男日記(邦題:バオバオ フツウの家族)』のポスター台湾版(左、答人文創事業有限公司提供)と日本版(右、オンリー・ハーツ株式会社提供)
『親愛的卵男日記(邦題:バオバオ フツウの家族)』のポスター台湾版(左、答人文創事業有限公司提供)と日本版(右、オンリー・ハーツ株式会社提供)

蔭山は台湾映画の表舞台と舞台裏を縦横無尽に行き来し、新たな地平を次々と切り拓いてきた。しかし、彼がここまで映画にこだわり続けるのはなぜだろう。

「映画は世界中の人が観る可能性があるからです。アート性も感じます。ロジックだけではない、全てを語らない美しさがそこにはあると思うのです」

蔭山は2020年にはCMで映像監督としてもデビューした。監督が作品の全ての責任を負わなければならないことも実感した。それでも、いつかは自分の脚本、監督で長編映画を撮りたいと考えている。蔭山はどれだけ自分を追い込めるのか、結局は自分との闘いだと語る。

台湾の映画界で活躍する蔭山を支え続けた武器の一つに、母語話者にも引けをとらない語学力があることは間違いない。しかし、今の蔭山の「財産」は語学力だけではない。台湾の映画界で20年近く積み上げてきた俳優としての、脚本家としての、そして監督としての実績、知見、経験、人脈も、もはや誰も文句のつけようがない「財産」となっている。蔭山が長編映画のメガホンを取り現場に立つのは、そう遠くない未来に違いない。

監督、脚本を担当した国泰人寿保険2020教師節映画『人生向前 有您領跑』の撮影風景(彦恩国際マネージメント提供)
監督、脚本を担当した国泰人寿保険2020教師節映画『人生向前 有您領跑』の撮影風景(彦恩国際マネージメント提供)

バナー写真=蔭山征彦(徐聖淵撮影)