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震災後に発売された絵はがき。左が上野公園の大仏、右が浅草十二階(東京都立中央図書館蔵)
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吉原弁財天に掲示されている弁天池の惨状の写真。当時、地元警察署は「猛火来り迫り園内弁天池に之を避けんとし、下なるは溺死、上なるは焼死するもの五百数十名」と発表した
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御神木の逢初(あいぞめ)桜が咲く吉原神社と筆者がデザインした吉原弁財天の御朱印
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工事が進む吉原弁財天で、今後の吉原について語ってくれた吉原さん
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老朽化により漏水が起きていたという改修前の弁天池
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歌川広重『東都名所吉原年礼ノ図』(国会図書館蔵)では、新年のあいさつ回りでごった返す新吉原を描いている
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遊女が行き交う写真に彩色した絵はがき『東京名所 新吉原公園』(大正時代 個人蔵)。左手前から橋の右側へと広がるのが弁天池
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絵はがき『東京新吉原』(大正時代 個人蔵)。吉原は1911(明治44)年の大火で壊滅後、街並みが大きく変化した
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震災前の吉原大門付近の絵はがき(個人蔵)
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絵はがき『新吉原の全滅(大門付近)(東京都立中央図書館蔵)』。震災当日夕方、大門の門柱のみが立っており、至る所で煙が立ち上っている
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瓦礫が撤去された大門付近。左奥にぽつんと営業している本郷バーが見える(1926年刊『東京震災録 地図及写真帖』より 東京都立中央図書館蔵)
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弁天池と共に移設された観音像
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関東大震災百回忌(99年忌、2022年9月1日)法要
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芸能奉納を楽しみに法要に参加する人も少なくない。写真は囃子方・望月太左衛社中による奉納演奏