今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:3月20日

オウム真理教による「地下鉄サリン事件」が発生

1995(平成7)年 午前8時ごろ、東京の地下鉄3路線(日比谷線、丸ノ内線、千代田線)でオウム真理教の幹部らが猛毒サリンをまいた。通勤途上の乗客ら13人が死亡、6千人以上が重軽傷を負った。教団教祖で首謀者の麻原彰晃(本名・松本智津夫)が、オウム真理教への強制捜査が近づいているとの危機感をいだき、教団が製造したサリンをラッシュアワーの地下鉄でまくよう指示した。幹部ら5人がサリンを入れたビニール袋を、先のとがった傘で刺してサリンを散布させた。サリン散布で捜査を阻止するのが麻原のもくろみだったが、22日に警察が全国の教団施設25カ所を家宅捜索。幹部が次々と逮捕された。麻原も5月16日、山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)の教団施設に設けられた隠し部屋に潜んでいるところを、地下鉄サリン事件の首謀者として逮捕された。殺人などの罪で麻原ら10人の死刑が確定し執行され、4人の無期懲役が確定した。国はオウム真理教による一連の犯罪を、統治機構を破壊するテロリズムと定義。その被害者に給付金を支給した。

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その他の出来事

1703年(元禄10年2月4日) 播磨赤穂の旧藩主浅野内匠頭長矩の元家臣ら「赤穂浪士」が幕府から切腹を命じられた。浪士46人は4組に分けて預けられていた大名家で即日、刑に処された。吉良邸に討ち入り本懐を遂げた赤穂浪士については、忠臣だとして助命論もあれば、「打ち首」にすべきだとの厳しい意見もあり、幕府内でも議論となった。時の将軍徳川綱吉は助命論に傾いていたという。これに対し儒学者の荻生徂徠は「主人のためのあだ討ちは義にかなう。しかしそれは私(し)の論理にすぎない。もし私的な論理を以って公の論理を害せば、今後、天下の法は立ち行かなくなるだろう」と論じ、武士の名誉をぎりぎり保てる切腹が妥当との考えを示した。それを伝え聞いた綱吉が切腹を決断した。

1882(明治15)年 上野動物園が農商務省所管の博物館(現東京国立博物館)付属施設として開園した。日本で初の動物園。所在地の上野公園(正式名称・上野恩賜公園)は江戸時代、徳川家の菩提(ぼだい)寺である寛永寺だった。幕末に政府軍の攻撃を受け、主要な建物を焼かれた。維新後は政府が厳しく弾圧し接収。都市公園として整備した。公園内に動物園も造られた。上野公園と動物園は86年には宮内省(現宮内庁)所管になり、1924(大正13)年には皇太子殿下(昭和天皇)のご成婚を記念して、上野公園とともに東京市に下賜された。その経緯から正式名称は「東京都恩賜上野動物園」。

総面積13万9300平方メートルで、都心部にある典型的な都市型動物園。交通の便がよいこと、人気のジャイアントパンダを飼育・展示しているなどから、年間入場者数は400万人前後で日本一。約350種2500点の動物を飼育している。

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