今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:6月17日

公選法改正 18歳に選挙権

2015(平成27)年 改正公職選挙法が参院本会議で可決・成立した。選挙権年齢が20歳以上から18歳以上へと引き下げられた。16(同28)年6月19日施行。世界では選挙権年齢は18歳が大勢を占めており、日本も遅まきながら追随した。高校・大学での有権者教育も始まった。

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その他の出来事

江戸に種痘所開設 東大医学部の淵源

1858年(安政5年5月7日) 伊東玄朴ら江戸の蘭方医83人が協力し、幕府の許可を受けて上野にお玉ケ池種痘所を設立した。天然痘予防のための種痘のほか、一般の診療にもあたったが、半年ほどで火災により焼失。翌年、下谷和泉橋に移転し、幕府直轄となる。西洋医学所と改称し医学教育、解剖、種痘の3科を置いた。62(文久2)年、適塾の緒方洪庵が大坂から招かれ頭取に就いた。緒方の死後は松本良順が頭取となり、学制を改め理化、解剖、生理、病理、薬剤の各学科、内科、外科の計7科を設置。維新後は新政府の所轄となり、のちの東京大医学部に発展。

女優原節子が誕生

1920(大正9)年 女優原節子(本名・会田昌江=あいだ・まさえ)が2男5女の末子として、神奈川県保土ケ谷町(現横浜市保土ケ谷区)に生まれる。49(昭和24)年に小津安二郎監督の『晩春』に出演し、同監督の映画6作品に出演。53(同28)年の『東京物語』は小津監督の最高傑作といわれ、原節子もこの作品で女優として頂点を極める。63(同38)年12月12日、小津が死去。その通夜に出席したのを最後に、表舞台には一切姿を見せなくなった。2015年9月5日、95歳で病没。

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沖縄返還協定 日米が署名

1971(昭和46)年 沖縄返還協定署名が東京とワシントンを衛星中継回線で結び、日米同時に行われた。愛知揆一外相、ウィリアム・ロジャーズ国務長官がテレビ画面を見ながら、タイミングを合わせて署名した。協定は同年11月10日、米上院本会議で、日本では同年11月24日に衆院通過、12月22日の参議院本会議で可決・承認された。戦後の日米間の最大の政治的懸案だった沖縄返還問題は、69(同44)年の佐藤栄作首相、リチャード・ニクソン大統領の共同声明どおり、核抜き・本土並みの原則に沿って解決された。

明治公園で爆弾事件 警官37人負傷

1971(昭和46)年 中核派、第四インター日本支部などのデモ「沖縄返還協定調印反対闘争」が東京・明治公園で開かれ、警備をしていた警官隊に鉄パイプ爆弾が投げ込まれ、機動隊員37人が重軽傷を負った。のちの連合赤軍事件捜査で、デモ隊に潜入していた共産同赤軍派メンバーによる犯行と分かった。

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