今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:8月3日

裁判員裁判の第1号が開廷

2009(平成21)年 日本で初めて裁判員制度を適用した裁判の初公判が東京地裁で行われた。殺人などの重大な刑事事件の第一審に市民が裁判員として参加。有罪か無罪か、有罪の場合の量刑について、裁判官と一緒に審理する制度。この日の裁判は、同年5月に隣人同士のトラブルで女性が殺害された事件。6人の裁判員が3人の裁判官と共に、法廷で証人や被告人への尋問、証拠調べなどを行い、6日に判決と4日間の日程で行われた。

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その他の出来事

武家諸法度改正で大名への統制強化

1635年(寛永12年6月21日) 江戸幕府が武家諸法度を改正。諸大名の参勤交代の義務化や大船建造の禁などの条文が加わる。全19カ条から成り、新たに定められた条項の主なものは①大名は領地と江戸と交互に勤めなければならない②新しい城造りは、固く禁止する。修理の際も、必ず奉行所に申し出る③大名は私闘をしてはならない④500石積み以上の船の建造・所持を禁ずる-など。大名の財政負担を重くし、軍事力を抑制し、幕藩体制の永続を狙う。

都市対抗野球がスタート

1927(昭和2)年 神宮球場で第1回都市対抗野球大会が開幕。背景には、各地の実業団(企業)チームやクラブチームが充実し、他チームと競う機会が求められていた。東京六大学野球の花形選手が卒業しても、そのプレーを見る機会が欲しいという、野球ファンの期待に応えるため、東京日日新聞(現毎日新聞)が毎年開催することを決めた。米大リーグのように、都市の代表チームが参加することで、人気を盛り上げたいと考え、大会の名称を「都市対抗」とした。第1回大会の出場12チームは推薦で選ばれ、第2回から地区予選が導入された。

国体明徴声明で天皇機関説を否定

1935(昭和10)年 美濃部達吉東京帝国大教授の憲法学説「天皇機関説」を否定するために、岡田啓介首相が内閣の公式見解として「国体明徴声明」を出した。軍部や右翼団体の要求に屈し「大日本帝国統治の大権は天皇にあることは明らか。天皇は統治権を行使する『機関』という考えは、わが国固有の在り方の本質(国体)を見誤っている」などとして、天皇機関説を排除する姿勢を明確にした。同年9月18日に美濃部は貴族院議員を辞職。これを機に天皇の神格化が進む。

公害対策目指す基本法施行

1967(昭和42)年 公害対策基本法が公布・施行された。戦後の重化学工業の発展を背景に日本経済は急成長した。その半面、大気汚染や水質汚濁が広がり、四大公害病などの深刻な問題が起きた。公害対策に本腰を入れるため政府は同基本法を制定。ただ、同法は経済界の主張を取り入れ、「経済の健全な発展との調和」条項を加えた。

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小型・廉価のカシオミニ、電卓普及促す

1972(昭和47)年 カシオ計算機が、個人でも買える小型で低価格の電卓「カシオミニ」を発売。サイズはそれまでの電卓の4分の1以下、価格は3分の1以下の1万2800円に設定。電卓のヒット商品といえば年間10万台前後だったが、カシオミニは発売後10カ月で100万台を販売する大ヒットとなった。カシオミニは、電卓を普及させる契機となった記念碑的製品として、国立科学博物館が2008(平成20)年度「重要科学技術史資料(未来科学遺産)」に登録した。

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