パラ五輪に向けた新たな覚悟

長島は入社後、防汚技術「プロガード」の研究を担当、同時にバドミントンの練習にも汗を流し、国内の大会はもちろん、数多くの国際大会にも出場。世界選手権ではシングルスで3度銅メダルを獲得している。2017年8月にペルーで行われた国際大会では、シングルス、ダブルス、混合ダブルスの3種目で優勝。その実力を世界に見せつけた。

車いすバドミントンは、20年の東京パラリンピックから正式種目になった。その決定日のことを、長島は今でも鮮やかに覚えている。

「2014年10月7日午後6時ぐらいでした。女子選手から携帯にメールがあり、急いで国際パラリンピック委員会のサイトで確認したら、決定が発表されていた。背筋がゾクゾクっとしましたね。バドミントンの環境がガラリと変わるぞ、って」

長島はそれまで、趣味の延長で戦っていても日本のトップに立ち続けてこられた。指導者はいなかったが、持ち前の研究熱心さでショットの正確性を磨き、ひとこぎでシャトルの落下点に入るチェアワークを身に付け、相手を揺さぶる戦術を駆使してきたからだ。

2017年9月に東京都町田市で開催された「JAPANパラバドミントン国際大会」 に出場した際の長島選手 (写真:長田洋平/アフロスポーツ)

だが、パラリンピック種目になった以上、自分より若くて体力で勝るライバルが増えてくるのは目に見えていた。誰もが地元開催の栄光の舞台でヒーローになりたいと願う。長島は会社と相談し、20年の東京大会を視野に、それまでの勤務地だった愛知県常滑市から東京に異動させてもらい、練習環境を整えることにした。

「ライバルが増えると思うけど、東京パラリンピックには是が非でも出場したい。そしてメダルを取って銀座のパレードに参加したい。それがこれまで僕を支え続けてくれた家族や仲間、会社への恩返しだと思いますから」

だが、長島の人生の帰結はパラリンピックでメダルを取ることではない。身障者でも、スポーツと仕事を高い次元で両立させることにあると語る。

「リクシルは総合住宅メーカーですから、僕の研究している防汚技術はトイレだけでなく、洗面所、サッシ、網戸など応用範囲は広い。まだまだ研究することはあるし、バドミントンもさらに技を磨く要素はいっぱいある。これからも、仕事とスポーツは僕の人生の両輪であることに変わりはありません」

本当のダイバーシティとはどんな社会か。口先だけではなく、多様性が当たり前の社会になるまで、長島の両輪はフル回転し続ける。

東京都江東区のLIXIL WINGビルで

(インタビュー撮影=川本 聖哉)