海女の智恵

現在、まくどなるどさんが取り組んでいるテーマは「海女」だ。2008年から12年にかけて、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティングユニットの初代所長を務めた関係で、石川県の海洋問題を研究するようになり、輪島の海女に出会った。

まくどなるど  167人の海女に何度もインタビューを繰り返して、彼女たちの「fish ecological knowledge」がどんなものなのかを4年間かけて探りました。海女たちが海をどんな風に観察しているのかを知りたくて、ダイビングの免許を取って一緒に海に入ることを許してもらいました。でも、「仕事の邪魔はするな」「潮に流されても助けない」と厳しく言われました。スキューバーは禁止なので、素潜りで彼女たちについていきました。一回4時間ぐらいですが、海から上がるともうくたくた。信じられないくらいの重労働です。

海女は、テクノロジーの導入にとても慎重なんです。私が見てきた農漁村では、すごいスピードで機械を入れてきたんですが、彼女たちは違う。明治時代に水中眼鏡が導入された時、それが海の資源管理にどんな影響を与えるのかを真剣に議論しました。その後はウエットスーツ。着用することで夜でも長く海にいることができますが、乱獲に結びつくのではないかと議論している。最後は酸素ボンベ。1970年代にその可否を巡って話し合い、結局は導入しないことに決めました。スキューバーも、同じ理由で採用しませんでした。プロの海女は自分の肉体だけで潜る。中には素潜りで25メートルまで潜れる人もいる。私は頑張っても8メートルが限度で、彼女たちは本当にたくましいんです。

管理しながら自然を守る

2010年に名古屋市で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)では事務局と連動して、海岸・沿岸域の生物多様性保全に関する世界的なプラットフォームを立ち上げた。その頃から環境省や農林水産省,内閣府の政府委員なども務めるようになった。

まくどなるど  自然にコミットしている時間が長いほど、人間は環境に対して気を遣い、その変化を感じ取ることができます。現在、自然と関わり合う時間が少なくなっているのが問題です。例えば、米農家は機械化によって耕す面積が拡大しましたが、田んぼにいる時間は5分の1になってしまいました。それだけ周囲に向ける観察力が低下し、自然環境が失われていくことに無関心になります。

海女は海と共に生きています。だから海の変化にものすごく敏感です。環境問題を考える上で、自然と深く関わっている人間の視点は重要です。環境問題を考えるというのは、自然と人間の関係をこれからどう築いていくかということ。突き詰めて考えると、人間をどう管理していくかということです。自然資源を管理するのは、人間ですから。大事なのは、海女が持っているような「fish ecological knowledge」を、今後の環境政策にいかに組み入れていくかということです。環境学者の机上の理論だけでは限界があります。

自然を守るには、人間は一切手を引くべきだと言う人もいます。でも既に人間の手が入ってしまった自然環境は、破壊活動をストップさせるだけでは回復が難しい。人間の手が入ることによって、自然の持つ力をより引き出していくような発想に立たないとうまくいきません。日本がCOP10で世界に向けて発信した「SATOYAMAイニシアティブ」(*2)も、そういった考え方が根本にあると思います。

これまでの資源管理の方法はどうしても男性目線で、自然を支配するようなスタイルが多かったように思います。これからは、海女的な母性を備えた自然管理の方法にもっと目を向けるべきです。例えば藻場を再生して、魚を育て、海と共生する試みも持続可能性といった観点からすると、とても素晴らしい考え方ですよ。

グローバル社会へのフィードバック

2009年に上智大学の非常勤講師となり、11年には国際コースの教授に就任。現在は大学院で地球環境学を研究するグローバルプログラムを担当している。英語で学位が取れるので、先進国だけでなく、アフリカ、中南米、アジアなど世界中から、環境問題に取り組む若者が彼女の研究室にやってくる。

まくどなるど  ここは私にとって最高の職場です。日本に居ながら、英語で授業ができます。毎日、学生たちと激しい議論を闘わせています。火花が散って、とにかくスリリング。開発途上国の学生が多いので、担当教官としては責任重大です。何しろ彼らは、国を背負っていますから。例えばモザンビークからの留学生は国家公務員です。帰国したら、自国の環境政策を立案しなくてはならない。だから、すごいプレッシャーを感じながら、修士論文をまとめています。そうした学生たちと地球環境問題を考えるのはとても楽しいし、自分の勉強にもなります。

日本各地での実体験を通して学んだことが、グローバル社会にフィードバックできるのが何よりも嬉しいですね。特に海女から学んだことには、先住民や少数民族が暮らす社会や生態系を守っていくためのヒントがたくさんあると思います。

インタビュー・文=近藤 久嗣(ニッポンドットコム編集部)
撮影=長坂 芳樹

バナー写真=海女の水中眼鏡を手にするあん・まくどなるどさん

(*1) ^ AFS(American Field Service)のカナダ人第一号の高校生交換留学生として初来日。

(*2) ^ 里山の薪炭林など、人の手が適度に入り生態系も豊かに保たれるような持続可能な自然の利用方法。