障害者の「わがまま」が社会を変える
最新作『なぜ人と人は支え合うのか』(ちくまプリマー新書、12月10日発売)では、『こんな夜更けにバナナかよ』から15年を経て、再び「障害」「福祉」をテーマにしている。執筆のために新たな取材を重ねたが、「たかが新書1冊書くのに丸5年もかかりますかね?」と周囲から言われるそうだ。
新書を書き下ろす際に避けて通れなかったのは、2016年の「やまゆり園障害者殺傷事件」だ。神奈川県相模原市の障害者施設で、元職員の植松聖(さとし)が19名の障害者を殺害、27名に重軽傷を負わせたショッキングな事件だった。植松被告に接見した最首悟・和光大学名誉教授などへの取材を通じて、「障害者なんていなくなればいい」と供述したとされる植松被告のような心理は、多くの人の心にも潜むのではないかと問い掛ける。
「障害者って、生きてる価値あるの?」「なんで税金を重くしてまで、障害者や老人を助けなければならないの?」―今日ネットの世界では、このように素朴で露骨な問いが渦巻いている。
「でも、障害者や老人は、ただ助けられるだけの存在なのでしょうか。障害者や老人の存在が、逆に社会を助けている面がたくさんあるはずです。現に私自身、『鹿野さんがいてくれたおかげで、今の自分がある』と感じている人間の一人ですし、鹿野さんに限らず、多くの健常者にそう思われている障害者は、数え切れないくらいいるはずです」
鹿野さんは、「どんなに重い障害があっても、地域で普通に生活できるような社会にしたい」という思いを貫いた人だった。その際重要なのは、「従来の『自立』という言葉の意味をひっくり返すような主張を込めていた」ことだ、と渡辺さんは言う。
「従来、自立とは『他人の助けを借りずに、自分で何でもできること』を意味しています。でも、そうではなくて『自分の人生をどうしたいかを自分で決めること、そのために他人や社会に堂々と助けを求めることだ』と、自立の意味を180度転換してくれたのです」
日本では、「人に迷惑をかけないこと」が強固な社会的規範となっている。そのために、悩みや苦しみを誰にも打ち明けられず、人に助けを求めることもできずに孤立してしまった人は、健常者にこそ多いのではないかと渡辺さんは言う。
「鹿野さんの一見、『わがまま』に思える生きざまから大きな影響を受け、生き方を変えられた人はたくさんいます。また、多くの障害者が地域に出ることで、今日のように在宅福祉の制度が充実し、例えば駅や施設のエレベーター設置など、街のバリアフリー化も進みました。今は若くて元気な人たちだって、いつかそのありがたみを実感する時が必ず来るはずです」
鹿野靖明さんの「遺産」
15年で3冊の書き下ろしというペースは、驚くほど遅い歩みに思える。だが、相手との信頼関係を築き上げる丹念な取材は、必然的に長い時間を要する。取材費は「常に自前・自腹が原則」だと言う渡辺さんは、今でも主に無署名のライターとしての仕事で生計を立てている。取材で上京することも多いが、拠点はあくまでも北海道だ。
「次はまた、『北の無人駅から』のように、地方の問題と取っ組み合うような取材がしたい。また、これから始まる植松被告の裁判の行方も気になりますし、私にとっては福祉・医療や介護の世界も一生のテーマです」
「書きたいテーマは山ほどある」という渡辺さんは、かつて鹿野靖明さんと出会った頃の悩めるライターではない。そのこと自体が鹿野さんから受け取った一番大きな「遺産」かもしれない。
ニッポンドットコム編集部/板倉 君枝(取材・構成)、土師野 幸徳(写真)
バナー写真: ノンフィクションライターの渡辺一史さん(2018年11月東京・港区)
なぜ人と人は支え合うのか
- 渡辺一史(著)
- 発行 筑摩書房
- 新書版 256ページ
- 定価 880円+税
- ISBN 9784480683434
- 発売日 2018年12月10日

