相対的な視点を心掛ける報道

日本では、東日本大震災以降に台湾への認知が広がり、台湾についての報道も増した。以前よりもぐっと台湾との距離は近くなり、それに比例して歴史も含めた認識が深まっているかといえば、疑問が残る。これは「親日」「食べ物がおいしい」「懐かしい」などのキーワード以上に語られる機会が少ないことに原因があるように思う。

私も台湾で長年暮らしてきて、台湾の方々の親切さは肌で感じている。この肌感覚で台湾に入ると、当初は「台湾は本当に、心底親日!」と思いがちだが、だんだんと後ろにある陰影が見えてくる。実際、台湾では世代によって日本人を好ましいと考える理由は異なるし、民族的な背景もさまざまだ。一言で「親日」といってもその奥底は複雑で、理解するには歴史の勉強を含めた時間が必要とされる。それを中川さんは、在台1年に満たないにもかかわらず、できるだけたくさんの人の視点に立つことを心掛け、細心の注意を払い、丁寧に言葉を選んで伝えた。

例えば、日本統治時代の初期に台湾東部にできた移民村「豊田村」については「日本人移民は、開墾によって生活の場を奪われる先住民の抵抗にも苦しんだ」と書き、日本人移民の苦労を想像しつつ、台湾原住民にも寄り添った。また台南の弁護士・湯の記事では、タイトルだけだと単純な日本人賛歌と思われる記事の中にも、「差別に苦しむ台湾人の人権を守るには弁護士になるしかないと東京に移り住み、苦学の末に司法試験に合格した」と記し、当時の日本人による台湾人差別があったことを明確にしている。このように相対的な視点は、中川さんが書いた全ての記事に共通しており、1年に満たない中でこれだけの理解を身に付けるには、相当の努力と苦労があったと察する。