台湾でそばがラーメンほど普及しないわけ
実を言えば「そばの食感やかつおだしのつゆは、台湾人の好みにあまり合わないのではないか」という疑問が、ぼくが独学でそばの研究や試作を始めてから、ずっと心につきまとっていた。店を構える前の1年間、平均1週間に1度の頻度で、学校や民宿、レストラン、友人宅、果ては雑貨店や衣料品店など、さまざまな場所にそば打ち道具一式を持って行き、前述のそば打ちイベントを開いてきた。みんなそばを打っている間は和気あいあいと盛り上がっているのだが、いざ食べる段になると、期待するほどの反応が見られないのだ。それで真剣に理由を考えて、台湾にそばの専門店が極めて少ないのも納得がいくようになった。
第1に、台湾の人は季節を問わず冷えた料理をあまり食べない。逆に鍋物などは真夏でもしょっちゅう食される。また生卵やネギや大根おろしが食べられない人も非常に多い。
麺に関しては、もちもちとした弾力のある歯応えが好まれる傾向にある。「很Q彈(弾力がある)」というのが「おいしい麺」の代名詞になってしまっているので、歯を当てればポロリと切れるそばを、たとえおいしいと感じてもうまく形容できる言葉が少ない。
また台湾では塩辛いものが敬遠される。以前台北のある和風居酒屋に行った時、日本で修行したという店主から「店で魚の一夜干しを作るのに使う塩の量は日本の6分の1です」という話を聞いたことがある。その上ぼくの住んでいる台南では、台湾でもとりわけ甘い味付けが好まれることで知られている。江戸風のそばつゆはなかなか受け入れられないだろう。
おまけに台南は美食の都と言われ、飲食業の激戦地である。台北で3年もつクオリティの店が、もし台南だったら1年ももたないとも言われている。ついでに言えば、台湾人は日本人と比べて外でお酒を飲む人が少ないので、食事で利益を上げるしかない(実際、「洞蕎麦」で酒類を注文するお客さんは100人に1人いるかいないかだ)。
こうした不利な条件を承知の上で、開店に踏み切った。もとより大きく儲けようという意図は無かったが、とにかく台湾の人達にそばを好きになってもらえることを目指して、試行錯誤を繰り返してきた。
例えば、そばつゆはかつおと昆布からとっただしにしょうゆ、みりん、砂糖を混ぜて加熱した返しを合わせて作るが、「洞蕎麦」では返しに対するだしの割合を一般的な江戸風のそれよりもかなり高くした。かつおの香りは広く受け入れられており、3人に2人くらいは400ccあるかけそばのつゆをほぼ飲み干してくれる。ただし、必ずアツアツの状態で出さなければならない。少しでもぬるいとすぐにクレームを頂戴することになる。
また、こちらにはベジタリアンが非常に多いので、シイタケと昆布をベースにしたつゆを用意して、ベジタリアンの方々にも安心して召し上がってもらえるようにした。
週替わりメニューも用意し、冷たいそばにさまざまな具材をのせて提供している。マンゴーとエビ、スモークサーモンのサラダ、パッションフルーツとパパイア、リンゴのシナモン煮、アボカドのディップとベーコンなどなど。端午の節句にはししゃもを並べた鯉のぼりそばを出し、その他よもぎそば、抹茶そば、胡麻そば、ドラゴンフルーツそばなどの変わりそばも出してきた。
