宮古島を訪れるも久高さんとは再会を果たせず
張さんは5、6年前に宮古島へ行ったことがある。基隆発着のクルーズ船で寄港したのだ。「福源11号」と「逢盛1号」で一緒だった久高さんが「沖縄へ戻ったら、試験を受けて警察になりたい」と語っていたことを覚えていた張さんは、もしかしたらという思いで、島の警察官に目をやった。仮に警察官になっていたとしても、すでに退職していることは張さんもよく分かっている。この言葉が重たいのは、昨年2月に久高忍さんという同姓同名の人物が宮古で亡くなったという消息を張さん自身が知っているからである。
寄港の時、張さんは団体で観光していたため、人探しは無理と諦めたそうだ。そう長くない上陸時間で、探し当てられる保証はないが、このころ久高さんは存命だったわけだから探そうとさえしなかったことが悔やまれる。「忍君がね、もし警察になって立っていたら、岸壁の脇あるいは派出所のところに(久高さんの)顔があってという考えで(宮古島に上陸した)」と振り返る。
佐良浜のある伊良部島は2015年1月、全長6.5キロの伊良部大橋によって宮古島と結ばれた。伊良部大橋は宮古島の人気観光スポットとなり、この橋で海を渡って伊良部島へ向かう観光客も多い。こうした人たちの中には佐良浜を訪れる人もいることだろう。張さんが若かりし頃の思い出として記憶にとどめる漁師町は、その風景を変えようとしている。
バナー写真=2015年1月に開通した伊良部大橋。宮古島から伊良部島を望む、2016年8月19日,沖縄県宮古島市(撮影:松田 良孝)
<参考文献>
小池康仁『琉球列島の「密貿易」と境界線 1949―51』(森話社、東京、2015)
西村一之「移動・移住の経験と実践」(上水流久彦ほか編『境域の人類学』風響社、東京、2017所収)