いまだからこそ演じられた複雑な境遇の主人公

暗黙のブラックリストに入った名優の境遇はこの5年で大きく変わっている。いまアンソニー・ウォンには、中国のみならず、香港でも大手映画会社からのメジャー作品のオファーは届かない。

『淪落の人』はそうした大手の映画会社とは関係のないインディペンデント的な作品だった。アンソニー演じる主人公は、妻に離婚され、障害が残る重いけがを負い、独りぼっちになる。

NO CEILING FILM PRODUCTION LIMITED © 2018
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私はあえて、失礼な質問をアンソニーにぶつけた。

「失礼でしたら謝りますが、あなたはこの作品で淪落の人を演じていますが、あなたこそ、香港映画界における淪落の人ではないのですか」

アンソニーはそれまでと変わらぬ口調で、こう回答した。

「失礼なことなんて、ない、ない、ない。結局は、自分で自分のことをどう見るかではないだろうか。映画の役どころと同じだよ。自分には大した力がないかもしれないが、他人を助けることぐらいはできる。なので淪落の人になるかあるいは(他人を助ける)力を持っている人になるかは、自分が選択できるんだよ」

確かに、この作品の主人公はいまの彼だからこそ演じられた役柄でもあった。アンソニー演じる主人公は一生懸命にメイドの女性の夢がかなうよう手助けする。この作品で、アンソニーは、2019年、3度目の香港アカデミー主演男優賞を獲得した。久しぶりにレッドカーペットを歩いて、トロフィーを手にし、アンソニー・ウォンという俳優がまだ終わっていないことを世の中に示したのである。

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「確かに私は、淪落したと思われていたかもしれないが、この映画は成功し、監督も私も賞をもらった。イタリアで上映に招かれ、日本での公開も決まっている。こんなことが起きていて、私は本当に淪落の人なのだろうか?人生にはお金には代えられないものがあるんだよ」

その言葉は、2019年デモに揺れた香港社会そのものを励ます言葉のように聞こえた。

映画『淪落の人』は2020年2月1日から新宿武蔵野館などで順次公開。

取材協力:呉頴濤

バナー写真=アンソニー・ウォン氏(筆者撮影)