次世代が引き継いだ、日台の友情

年がたつにつれ、生還した隊員たちも次々と世を去っていった。毎年の慰霊祭に訪れる人も年々少なくなり、2007年にはついに劉維添だけになってしまった。 しかし、2008年、日本人の渡邊崇之が劉を訪ねて来たことで、事態は一転した。当時、渡邊の年齢は40歳手前。奇しくも台湾の若者を率いてフィリピンに行った時の廣枝と同じ年代であった。

渡邊はもともと、日本のコンサルティング会社で、アジアビジネス担当として、日本企業の海外でのフランチャイズ設立や、日本企業の台湾から中国への移転をサポートしていたが、台湾に渡った後、会社を離れ台湾で起業した。

台湾の日本語世代の集まりである「友愛会」にしばしば参加していた渡邊は、会で聞いた劉維添の話に深い感銘を受けた。

2009年、渡邊は台北で台湾人と在台日本人を募って獅頭山を訪れ、劉とともに廣枝の霊を弔った。初年度は9人乗りのワンボックスカーに乗り込める人数だったが、その後、2018年には参加者が30人を超えている。

2013年9月21日、劉維添は苗栗県頭份の病院で息を引き取った。この日はちょうど廣枝の追悼式の日であった。渡邊は廣枝の慰霊碑に「劉小隊長は天国の部隊に戻った」と報告し、今後は自分たちが劉に代わって慰霊を続けることを誓った。

2020年9月26日、「第45回廣枝音右衛門慰霊祭」が例年通り、獅頭山・輔天宮で行われた。新型コロナの影響で、日本在住者はリモートで供養祭に参加、台湾在住の日本人や台湾人20人以上が現地に集まった。

廣枝の慰霊祭は、渡邊と劉の娘婿に引き継がれ、日台の友情の物語を描き続けている。

弘経寺境内のイチョウの巨木(筆者撮影)
弘経寺境内のイチョウの巨木(筆者撮影)

バナー写真=弘経寺にある「廣枝家之墓」と「遺徳顕彰碑」(筆者撮影)