手探りで「走り」続け、東京大会招致に尽力
仕事をこなしながらパラリンピック3大会に出場し、パラスポーツの普及に努め、そして故郷の復興支援にもいそしむ谷のタイムマネジメントはどうなっているのか。「ワーク・ライフ・バランス」について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「私の場合、仕事も人生も常に“オン”の状態で切れ目がないんです。どの時間も充実しているので、“ワーク・ライフ・バランス” ではなく、“ワーク・ライフ・インテグレーション” (仕事と生活の統合)ですね」
そんな谷に2013年9月、東京五輪・パラリンピック招致のプレゼンターの1人として白羽の矢が立った。アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会で、トップバッターでの登壇だった。病気や東日本大震災から自分が立ち直れたのは、“スポーツの力” と笑みをたたえて招致を訴えた谷のスピーチは、世界を動かした。
「片足を失って以来、パラスポーツを広め、命の大切さを訴えるのは使命と思い懸命に活動してきましたけれど、お手本となる先輩がいるわけではなく、正解や明確なゴールもなかったので、手探り状態のまま情熱だけで走ってきました。でも、東京大会招致のプレゼンテーションの機会を頂いた時、“これで良かったんだよ” と言われた気がして、そこからは少し肩の荷が軽くなりましたね」
夫と幼い息子、友人、地域に支えられて
2014年に大手広告代理店に勤務する男性と結婚、翌年長男が生まれた。
健常者でも子育てと仕事の両立は厳しいが、谷は17年、慣れ親しんだ走り幅跳びではなく、トライアスロン選手として東京大会を目指すと表明。さらに高次元のワーク・ライフ・インテグレーションを目指すことになる。しかし谷は、「自然な流れ」とほほ笑む。
「確かにトライアスロンは負荷の高いスポーツですけど、私にとっては走り幅跳びより身近。競技場でないと練習できない走り幅跳びと違い、家の近所に水泳のスクールはあるし、自転車やランニングもいつでも練習できる。それに、陸上の時は大抵1人で練習していましたが、今はトライアスロンの愛好者たちと一緒に練習させてもらえるので、刺激をたくさんもらえています。つらい練習も1人ではなかなかできないので鍛錬には最適です」
そのかいあって、17年に出場したワールドシリーズ2試合、世界選手権と全ての大会で優勝。それでも、谷の1日は2歳の息子を中心に回る。平日の練習は息子が就寝中の早朝からスタート、週末のジョギングには夫が自転車に息子を乗せて並走してくれることもある。
「息子に “ママ、頑張れ” と言われると、力が出ますね。海外遠征などで息子に寂しい思いをさせている分、私も独身時代の時よりも集中して頑張れます」
一瞬一瞬を懸命に生きる谷をサポートするのは、多忙な夫ばかりではない。海外遠征の時は、“ママ友”が息子の保育園の迎えやご飯のサポートを申し出てくれたり、同じマンションに住む年配の女性が家族を夕食に招待してくれる。谷の懸命さは、地域社会の絆も生んでいる。
「私が寝る時に義足を外す姿を見てきた息子が、1歳の頃から、朝になると私は何も言わないのに義足を持ってきてくれたりします。また、海外の人たちとの交流会に連れて行っても自然に接しているし、このまま心に壁を作らない優しい子に育ってくれればいいなと思っています」
息子の成長が、谷の笑顔に一層の輝きを与えている。
(本文・敬称略)
バナー写真:2020年東京パラリンピックの会場となる東京・台場で17年10月開催されたパラトライアスロン・デモンストレーションでゴールし、ファンに応える谷真海選手(撮影:竹見 脩吾)
インタビュー撮影:川本 聖哉


