台北松山空港から徒歩圏内にも関わらず、閑静な住宅地域の民生コミュニティー。その一角の富錦街と呼ばれる通り沿いに、4年ほど前から、カフェ、雑貨店、ブティックなどおしゃれな店が次々と出店し始めた。これらの店舗の運営母体が「Fujin Tree(富錦樹)」グループで、目下10業種10店舗をベースとした事業を展開している。日本の雑誌にもたびたび取り上げられているFujin Treeは、日本と台湾のトレンドをつなぎながら、新たなライフスタイルを提案し続ける集団として台湾でもひときわ存在感を放っている。そのグループをジェイ・ウー(呉羽傑)代表とともに率いる小路輔General Manager(事業単位総経理)から、これまでの経歴、台湾人「懐日」論、トレンドと文化について話を聞いた。

ジェイ・ウー氏と共にFujin Treeを設立

今から15年ほど時をさかのぼる。小路がJTBグループに入社したのは2002年。その前年の9月11日に米国同時多発テロが発生し、旅行業界が「10年間の冬の時代」を迎えた直後のことだった。さらに重症急性呼吸器症候群(SARS)の追い打ちもあって停滞した観光業を活性化させるため、03年から観光庁が肝いりで主導した「ビジット・ジャパン・キャンペーン」事業に小路は関わることになった。ここでインバウンドのノウハウを磨き、幅広い人脈を培った小路は、12年にはJTBグループから「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイに移籍し、台湾も含む82地域の海外取引を管轄することになった。そして、当時「ZOZOTOWN」の台湾側の協力会社の責任者だったジェイ・ウーと出会う。ジェイとの協働によって台湾での事業を軌道に乗せることに成功すると、14年にはジェイと協力してFujin Treeを誕生させた。小路はジェイと自分との違いを次のように表現した。

「ジェイと自分は仕事やライフスタイルへの考え方が真逆です。彼はまず大きな夢や目標を据え、クオリティー・オブ・ライフを追求するタイプです。これに対し、自分は小さな夢や目標を一つずつクリアして、それらを組み合わせて楽しむタイプです」

両オーナーのこうした性格や感覚の違いが、相互補完の関係を生み出し、Fujin Treeの躍進を支えている。その一方、意外なことにジェイと小路は、互いの仕事にほとんど干渉しないという。両者にとって、お互いの距離が近すぎないこともパートナーシップを維持する上での秘訣(ひけつ)なのかもしれない。ところで、小路は日本人の多くが抱いている台湾人の対日イメージに疑問を抱いている。