「戦略的忍耐」アプローチの限界
オバマ政権はいわゆる戦略的忍耐アプローチを通じて、中国の影響力の高まりに対応することになった。オバマ政権は主として国連安保理を通じて行動し、北朝鮮が安保理決議に違反して核実験やミサイル発射実験を行うたびに、一層厳しい制裁を求めた。交渉を開始する前に、北朝鮮に非核化の約束と韓国との関係修復に応じざるを得なくさせるとともに、北朝鮮の挑発行動に対して中国の嫌がる行動をとることによって、中国が北朝鮮に働き掛けるよう促すという考え方に立った対応を重ねた。
例えば、北朝鮮がウラン濃縮プログラムを開発し、2010年11月に延坪島に砲撃を加えたのを受けて、米国は空母ジョージ・ワシントンと数隻のイージス艦を派遣し、中国の嫌がる黄海で韓国と合同軍事演習を実施した。直近では、そうした手段がとられたのは17年7月、韓国が米国の高高度防衛ミサイル(THAAD)システム配備に同意した時だった。中国はこの動きを強く非難するとともに、不快感を表明し、影響力を誇示するために、韓国に圧力を加えた。中国が韓国への姿勢を徐々に硬化させていく中、北朝鮮の好戦的な振る舞いのコストを中国が支払わなければならないことがますます明らかになっていった。
しかし、一連の国際制裁決議も、中国に対する米国の圧力も、結果を出さずじまいであった。戦略的忍耐のアプローチは、いわゆる軍事行動のオプションを排除していたので、北朝鮮に示された選択肢は、核・ミサイル開発を続行して制裁に苦しめられるか、あるいは核兵器を放棄して、諸外国との関係を正常化するか、というものであった。北朝鮮が前者を選択したのは、悲願である核兵器の獲得を戦争のリスクに直面せずに進められるからであった。中国の立場からすると、後者の選択肢が好ましかったであろうが、おそらくいずれの選択肢も受け入れ可能であった。というのも、中国が中朝国境を開けている限り、いずれの選択肢も朝鮮半島の不安定化を引き起こす類のものではなかったからである。従って、中国にしてみれば、北朝鮮を限界にまで追い込むほどの圧力を掛けるべき理由はなかったのであろう。
「最大限の圧力」アプローチの算段
トランプ大統領はセンセーショナルな発言を振りまき、武力攻撃の可能性をプレーアップすることによって、軍事行動のオプションを復活させた。限定攻撃に関する論議や、日本や韓国との合同軍事演習、米空母機動部隊および戦略爆撃機によって力を誇示する作戦を展開し、緊張が高まった。トランプ政権は、北朝鮮と商取引のある中国の企業、団体に「2次制裁」を科すことで中国に経済的圧力を加え、これらは全て、中国のいら立ちをますます高めることになった。
トランプ大統領が講じたこれら一連の措置は、北朝鮮に提示する選択肢を変化させた。すなわち、核・ミサイル開発を続行して、一層強力な制裁のみならず、武力攻撃のリスクに直面するか、あるいは非核化に同意して、諸外国との関係正常化に乗り出すかという選択肢を北朝鮮に示すことになった。2017年4月の米中首脳会談の開催時に、米国がシリアをミサイル攻撃したのは、金委員長にシグナルを送るのみならず、習近平・中国国家主席に対して、武力の行使について自分は前任のオバマ氏とは違うというメッセージを送る意味合いもあったといわれる。また、米韓合同軍事演習や日米合同軍事演習も、緊張が高まる中で、特別な意味を持つようになった面もある。
これら個々の行動が単独で北朝鮮に圧力を加えるよう中国に強いる決定的要因とはならなかったものの、それらが積み重なることによって、中国を動かす重要なテコの役割を果たしたかもしれない。米国領土を直接核攻撃できる能力の獲得間際にある北朝鮮の行動に米国が対抗措置をとれば、北朝鮮が不安定化し、ひいては中国の国家安全保障にも深刻な影響をもたらす——。このメッセージは中国に伝わったものと思われる。
米国は交渉のためのテコを売り払ったのか
米韓合同軍事演習を中止するというシンガポールでのトランプ大統領の発表も、米国が中国と北朝鮮に対して持っている幾つかの限られたテコの1つが、交渉プロセスの冒頭で、カードとして切られてしまったとみることもできる。金正恩委員長が対話する意思を表明し、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領がそれに呼応した頃から、米国による軍事的圧力は減退した。制裁は維持されるものの、交渉プロセスの冒頭で、つまり合意の内容が交渉される以前の段階で、原則的な合意に達したと宣言することによって、北朝鮮に対して圧力を掛ける機運が衰えてしまった感は拭えない。
米韓合同軍事演習の停止は、戦闘準備態勢に否定的影響を及ぼす、あるいは米国のコミットメントに対するアジア同盟諸国の信頼を損ねるなど、さまざまな理由で批判されている。さらなる問題点として、中国と北朝鮮が提唱してきた「二重凍結」案を事実上受け入れたことによって、中国に過大な報償を与えてしまったという批判もある。トランプ政権は同案について、最近まで問題外と見なしていた。この決定は基本的に、非核化ロードマップや検証メカニズムという最重要問題で合意する前に、米国がテコとして使える可能性のある限られた手段の1つを交渉のテーブルから外してしまうことになった。トランプ氏は、交渉が進展しなければ軍事演習を再開することもあると説明したが、韓国や米国の一般有権者が朝鮮半島での緊張を高めることをはばかる中で、果たして本当に演習再開が可能なのか考えさせられるところもある。
他方、中国は外交面で有利な立ち位置を得たと言えよう。金氏の北京へのシャトル外交が示すように、習主席は北朝鮮の若き指導者に助言を与え、一定の影響力を行使する立場を得たようにも見える。国際的な制裁網が強化されたことで、国際バランス上、北朝鮮に対する中国の影響力が増したとみることもできる。米朝交渉がどのように展開するかは分からないが、北朝鮮は、米国の交渉担当者らとの折衝に臨む際に、主要な争点について中国の支持や承認を事前に取り付けて、米国の要求を拒否したときに孤立しないよう、中国と緊密に調整・協議していくとみられる。もしそうだとすれば、中国は、自国の利益を増進できる争点について、北朝鮮の立場に影響力を行使していくであろう。米朝交渉が行き詰まったときに、米中交渉で打開を図るといった局面もそのうち出てくるかもしれない。
米国は中国に影響力を及ぼせる有効な手段を作り出さなければならないだろう。一部の人々は、トランプ政権は中国へのテコとして、貿易上の措置を使える可能性があると述べている。だが、そうしたリンケージ戦術が実際に機能するかどうかはまだ分からない。
