時代とともに「伝統」も変化

時代の流れにつれて「伝統」も形を変えてゆく。「拍婚紗」(巨大な結婚写真集の制作)のように数十年前から一般化した習慣もあれば、徐々に廃れていく習慣もある。

これは台南で儀式用の紙人形「紙糊」を専門に制作している左藤紙藝薪傳の主人から聞いた話だが、昔は結婚式の前夜に新婦が男の子を抱いた観音菩薩の紙人形を枕に敷いて寝る風習があった。これには早く子宝が授かるようにとの祈りが込められている。しかし今ではこうしたことをしている人はほとんどいない。紙糊といえば葬式か道教の儀式に使うもの、というのが現代の一般的なイメージだが、昔は9割が誕生祝いや結婚祝いなどのめでたいことに使われていたそうだ。どうして廃れてしまったのか、と僕が尋ねると、「年寄りが若い者に教えてこなかったからさ」と主人は答えた。

結婚式当日の朝、日本ではヤクザが身につけるような純金の厚みのあるネックレスを義母が持ってきて、首に掛けるように言われた。初めは断ったのだが、伝統の装飾品だから、の一点張りで掛けさせられた。これにはどうやら妻が夫をしっかりとつなぎ留めておくための首輪という意味があるらしい。その後僕が他の人の結婚式に参加したときも、新郎が皆これを身に着けているのに気がついた。

僕と妻の家族一同は赤いリボンを巻き付けた黒の高級車に乗り、爆竹の音と共に発進して、会場の海鮮料理レストランへ向かった。台湾の結婚式はホテルやレストランの他、公民館や「流水席」と呼ばれる公道上に臨時にしつらえられた宴会場など、さまざまな場所で開かれる。初めて参加した結婚式は小学校の講堂だった。「いつもの服装で来ていいから」という友人の言葉を完全には信じ切れず、暑い中長ズボンと革靴を履いていったところ、会場でTシャツ、半ズボンにサンダル履きの人をたくさん見かけて後悔した。女性も普段着でノーメークの人が多かった。それで僕も以後の結婚式には毎回普段の服装、すなわち沖縄のかりゆしウエアに半ズボン、サンダル姿で出席している。

会場の様子(提供:大洞 敦史)

妻の妹と弟が名簿への記帳係をしてくれた。出席者から「紅包」と呼ばれる赤いご祝儀袋をいただくなり、その人の目の前で開封して金額を名簿に書き入れていく。相場は僕が住んでいる台南のような地方都市の場合、新郎新婦の友人なら1人当たり1200元(1元3.7円)から2200元程度。日本とは逆で偶数が良しとされ、6が一番好まれる。ただし4は日本と同じく発音が「死」に通じ、8も「別」と同じ発音なので避けられる。また白は葬式を連想させる色なので、日本のご祝儀袋はほぼ使えない。

ご祝儀をその場で開封して確認(撮影:大洞 敦史)