人民解放軍兵士になった台湾人
中には、より数奇な運命をたどる兵士もいた。それは朝鮮戦争の際、「中国人民志願軍」の兵士として最前線に送られた人々である。戦死率の高い激戦だったため、多数の死傷者が出ている。
この時、生還した兵士たちは文化大革命の際、日本軍人や国府軍兵士であったこと、台湾出身であることを理由に、さまざまな迫害を受けた。これらは全て「罪状」であり、人民解放軍への志願によってのみ、懲罰から免れることができたと伝えられる。退役しても、一般人として生き抜くことは非常に難しく、人民解放軍兵士となる以外に生きるすべがなかった。
正確な数字はないものの、許氏によれば、中国に残留した台湾人兵士は700人ほどいたという。その後、両岸関係の緊張緩和による交流が始まり、親族訪問が可能になったが、あくまでも中華民国の特権階級に居座った外省人が画策したものだった。つまり、中国出身の外省人兵士が帰郷するためのものであり、中国に残留した台湾人兵士が台湾に戻ることは、ほとんど不可能だった。
